鈴木孝幸

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獲得メダル
日本の旗 日本
男子 競泳
パラリンピック
2004 アテネ 4×50mメドレーリレー 20 pts
2008 北京 50m平泳ぎ SB3
2008 北京 男子150m個人メドレー SM4
2012 ロンドン 50m平泳ぎ SB3
2012 ロンドン 男子150m個人メドレー SM4

鈴木 孝幸すずき たかゆき1987年1月23日 - )は、静岡県浜松市北区出身の競泳選手[1]聖隷クリストファー高等学校から早稲田大学教育学部に進学し、卒業後、株式会社ゴールドウインのスピード事業部に勤務。

先天性四肢欠損。右腕の肘から先には1本の指の様な塊があり、左手は指が二本と短い指が1本あり、右足は根本付近から無く、右足は膝上から無い[2]

6歳から水泳を始め、2004年にはアテネパラリンピックに17歳で出場、個人では100m自由形、150m個人メドレーに出場しメダル獲得はならなかったものの、団体で江島大佑前田大介花田裕治と共に4×50mメートルメドレーリレーで2位で銀メダルを獲得した。2008年北京パラリンピックでは日本の競泳チームの主将を務め、150m個人メドレー、50m平泳ぎ、50m自由形、100m自由形、200m自由形に出場し50m平泳ぎで金メダル、150m個人メドレーで銅メダルを獲得した。平泳ぎの予選では48秒49の世界記録を打ち立てている[3]2012年ロンドンパラリンピックでも2大会連続で日本競泳チームの主将となり、150m個人メドレー、50m平泳ぎ、50mバタフライ、50m自由形、100m自由形に出場して50m平泳ぎと150m個人メドレーで計2つの銅メダルを獲得した。

この他、東京都が進めている2020年東京オリンピック構想にも協力し、2013年1月には同招致委員会に同行するパラリンピアンとして国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に立候補ファイルを提出した[4]

出典[編集]

  1. ^ profile
  2. ^ スポーツナビ2012年9月4日付、荒木美晴(MA SPORTS代表)「鈴木孝幸、連覇逃すも「後悔するところのないレース」=水泳」、2013年1月9日閲覧
  3. ^ 世界最速男・鈴木が日本勢2個目の金獲得
  4. ^ 東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会公式サイト2013年1月7日付、「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が立候補ファイルを提出!」、2013年1月9日閲覧