金子寛治

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獲得メダル
日本の旗 日本
バスケットボール
アジア競技大会
1994 広島 男子

金子 寛治(かねこ ひろはる、 (1967-11-22) 1967年11月22日(51歳) - )は、日本の元バスケットボール選手、指導者。東京都出身。身長193cm。

来歴[編集]

バスケットボールの名門 秋田県立能代工業高等学校から筑波大学を経て、NKKに入社。バスケットボール部に入部し、全日本実業団選手権連覇に貢献。

全日本にも選ばれ、1994年には広島アジア大会で主将を務めた。

休部後、ボッシュブルーウィンズに移籍。

引退後は愛知学泉大学の系列校である安城学園高等学校(愛知県)の教員となり、 バスケットボール部の監督を務め 全国大会へ導くなど実績を残している。

その他[編集]

筑波大の同期にサッカーの井原正巳中山雅史、バレーボールの中垣内祐一らがおり、彼らと「全日本会」なるグループを結成していた[1]

脚注[編集]

  1. ^ [1]

関連項目[編集]