連合参謀本部

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連合参謀本部 (れんごうさんぼうほんぶ、Combined Chiefs of Staff, CCS) は、第二次世界大戦中における西洋連合諸国の軍最高司令部である。英国参謀本部米国統合参謀本部[1]からなる[2]

CCSは1942年2月に組織され、通常ワシントンD.C.にて会議を開催した。英国の統合参謀派遣団 (Joint Staff Mission) は、英軍幹部がロンドンから数千マイル離れた地に常駐する訳にはゆかなかったがために、英国の利害を代弁すべくワシントンD.C.に常設された組織であった。統合参謀派遣団は三軍による組織であり、戦時中にジョン・ディル元帥(死後ヘンリー・メイトランド・ウィルソン元帥が後継)、ジェイムズ・サマヴィル提督らが在籍した。

CCSの全体会議は通常、大戦略に関する大きな戦時会談(例えばカサブランカでの)の間にのみ行われた。フランク・マクスウェル・アンドルーズ将軍は、1943年1月のカサブランカ会談時、欧州作戦戦域における米軍全体の司令官の任にあった。

CCSの主要構成員は、米国陸軍参謀総長ジョージ・C・マーシャル将軍、英国参謀総長アラン・ブルック将軍(後のアランブルック子爵)であった。

CCSは英米両政府に対する義務を負っていたが、太平洋インド、及び北アフリカを含む全ての戦域において、多数の国々から来た軍隊を統率した。

脚注[編集]

  1. ^ 連合参謀本部の設置に伴い、英国参謀本部に相当する組織が必要となったため、1942年設置。ただし公式に設置されたのは1947年。1947年国家安全保障法の成立により、法的根拠を得た。荒井弥信「1947年国家安全保障法成立までの核抑止戦略の胎動」 『国際公共政策研究』第12巻第2号、2008年、213-214頁。"History of the Joint Staff", Joint Chiefs of Staff Official Web Site.
  2. ^ 荒井弥信「1947年国家安全保障法成立までの核抑止戦略の胎動」 『国際公共政策研究』第12巻第2号、2008年、213頁。

外部リンク[編集]