被虐の契り

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

被虐の契り」(ひぎゃくのちぎり)は、官能小説作家・千草忠夫が著した全10章構成の中篇SM小説である。

概要[編集]

銀行の重役の娘で、美貌と教養を誇る処女の女子大生・松平葉子は、半年間におよぶ恋愛期間を経て、一流商社の重役の息子・矢野雅彦と婚約する。葉子は優しい性格の雅彦を本心から愛しながらも、まだキスしかしてくれない彼の真面目さに、若い健康な女性として多少の不満さえ感じていた。婚約の後としては初のデートの日、雅彦は六本木の高級クラブ「S」に葉子を誘う。そこで葉子は、雅彦の大学の先輩でデザイナーの上杉と、上杉のガールフレンドで仕事のパートナー谷梓を紹介された。しかし上杉はプレイボーイ、谷梓もいかにも大人の女という印象で、葉子は真面目な雅彦の友人にこんな人たちがいることに反感を覚える。だが雅彦は上杉たちと別れてから葉子の名を初めて呼び捨てにし、葉子はその事実に先の不満も忘れて高揚する。続けて雅彦は、今夜、葉子をぼくのものにすると宣言する。葉子は口では彼の要求に抗いながら、心と体ではひそかに承知する。だが雅彦は、贅を尽くした高級クラブとは打って変わった、近所の汚くて狭いレンタル・ルームに半ば無理やり葉子を連れ込み強姦同様に彼女の処女を奪う。さらには葉子の破瓜の後始末に用いた、彼女の履いてきたパンティまでもポケットに丸めて持ち去る。ただし行為の後、葉子の衣服の乱れを整える雅彦は、いつも通りの優しい青年に戻っていた。

雅彦の行為に衝撃を感じながらも、葉子はその夜の内に帰宅。翌日、平穏を装って大学に登校する。そして講義の前後に己の内心だけで昨夜の体験を反芻する。葉子はとにもかくにも恋しい相手と男女の仲になった感動を噛み締め、昨夜の雅彦の行為を許そうとする。だが下校中の葉子を車に乗った雅彦が呼び止め、彼女を恵比寿駅周辺の高級マンションに誘う。マンションの二人きりのエレベーター内で、雅彦は葉子の手を背中に回させ、細い鎖で縛る。めまいを覚えてよろける葉子を雅彦は背後から抱きかかえ、彼女のパンティを強引に膝の上まで引き下げる。葉子は許してくれるよう哀願するが、雅彦は葉子の下腹がすでに生暖かく濡れていると確かめる。ガウン姿になった雅彦は居間の中で全裸の葉子を立ち姿にさせ、両手を後ろに組ませる。そこで雅彦は、美しい女をいじめるのが好きな自分の趣味を告げる。

緊縛で葉子の上体の自由を完全に奪った雅彦は、彼女の細腰に鞭を打ち鳴らし、後ろ手の縄尻を引き絞って居間から連れ出す。葉子は恐怖と羞恥と屈辱においおい泣きながら、いましめられた全裸の姿で歩き出す。結婚後はこのマンションが本当の愛の巣になる、ここではお前は男が欲しくてよだれを垂らす雌犬として扱われる、と宣告した雅彦は、葉子をマンションの部屋部屋へ引き回す。浴室や寝室には、おぞましい異様な設備や大小の責め道具が数多く用意されており、葉子は、恋人の雅彦がやはり真性のサディストだと実感する。雅彦は葉子を寝室に連れ込み、天井から吊るす。そしてマゾについて講釈したのち、鞭で打つ。泣き喚く葉子は苦痛に耐えるために固縛されていない両足を開くが、雅彦の鞭がわずかな股間の隙間を下からすくい上げるように叩く。葉子は獣のようなひときわ高い悲鳴を上げて失神する。ガウンを脱いだ雅彦は、意識のない葉子をベッドに大の字に縛る。葉子は緊縛セックスで愛されたのち、泣きながら無理やり剃毛される。

葉子は婚約までした恋人・雅彦の性癖を、親を含む誰にも秘匿しようと決意する。10日ばかり過ぎた頃、下校中の葉子はふたたび雅彦の車にひっさらわれ、またもマンションに連れ込まれる。その日、葉子は生まれて初めて男性自身を口に含む。そして男性の放出するものの味と匂いを知る。それからはデートとは名ばかりの、雅彦による葉子への調教の日々が続く。こうして葉子は一歩一歩婚約者の雅彦によって、本格的に被虐の愛へと引きずりこまれていく。だがそんな辛い現実は、親にも知られてはならない二人だけの秘密である 。

5月の吉日、都内のO(オー)ホテルで、矢野雅彦と松平葉子の結婚式が盛大に行われる。披露宴で美しい白無垢姿を見せる花嫁が、実はその白い尻に鞭あとを刻み、浣腸の汚辱に妖しい快楽を学んだ変態のマゾ女だという事実を知る者はない。雅彦が独断で選んだ新婚旅行先の北陸のひなびた温泉宿で、彼は晴れて自分の花嫁となった葉子を存分に責め嬲る。そして初めての行為を要求する。葉子はそんなことだけはいや、あまりにもみじめすぎると泣いて逆らうが、浣腸・排泄後の肛門に浣腸器で油を注入されたのち、肉をえぐるような強烈な鞭打ちに追い立てられて、ついには布団の上で、雅彦のたくましい肉体に貫かれる。だが雅彦の方も油のおかげで円滑には行くものの、葉子の小さくて狭い後ろの窮屈感に苦痛を覚える。こうして二人は、初夜の愛を確かめ合う。

新婚旅行から帰った矢野夫妻は挨拶回りを続け、その打ち上げとして雅彦の先輩・上杉の自宅を訪ねる。上杉はガールフレンドの谷梓とも同棲しているようだ。雅彦が奥で仕事中という谷梓の様子を見に行った後、二人きりの応接間で上杉は葉子に、彼女が雅彦に調教されてマゾになった現実を指摘する。秘密を知られて真っ赤になってふるえる葉子に、上杉は実は自分が雅彦のSMプレイの教師だった事実を告げる。奥の部屋では雅彦が、全裸に縛られた谷梓の口を犯していた。実は谷梓こそ、雅彦がプレイを学んだ時の試験台だった。上杉は葉子に、今夜は教師として教え子の腕前の上達ぶりを確認させてもらうと告げる。以前に雅彦に谷梓を与えた替りに、今度は上杉が彼流の行為で心行くまで葉子を嬲るのだ。夫と谷梓の目前で上杉に訪問着を脱がされていく葉子は、さらなる凄絶な被虐の運命を予見する。

登場人物[編集]

松平葉子(まつだいら ようこ)
某大学の2年生。銀行重役を父親に持つ美しい箱入り娘。教養豊かな才媛で、英語の語彙も豊富。初めてマンションに向かう車中で雅彦から「I BELONG TO YOU」の花文字が入った指輪を渡され、それが「私はあなたのものです」あるいは「私はあなたの所有物です」という誓約の意味だと瞬時に理解した。
長い黒髪の美少女で、なだらかな肩から腕にかけてのラインは華奢でひ弱くさえ見える一方、みごとなウェストのくびれから下のヒップの張り、太腿の肉付き、みごとな下肢の伸びは、開きそめたばかりの女体の美しさを息苦しいばかりに示している。
雅彦に対しては、婚約期間中は雅彦さん、結婚後はあなた、と呼んでいる。また母親のことを雅彦に対して話題にする時は、母、またはお母さま、と呼んでいた。
矢野雅彦(やの まさひこ)
一流商社の重役の息子で、松平葉子の婚約者。学士で年齢は20歳代。大学での専攻および現在の職業などは未詳だが、平日にもかなり時間的な自由が利く職種らしい。愛車は黒のクラウン。葉子のことは、婚約前はさん付けで呼んでいたが、今は呼び捨て、またはお前と呼称。ちなみに他の重要人物・上杉のことは上杉先輩、または単に先輩、と呼称する。また彼のガールフレンドの谷梓の名前を雅彦が直接呼ぶ描写は、作中には存在していない。
葉子の母
本名不詳。松平家の妻女。箱入り娘である葉子のことは、婚約後の初デートの夜に妙な雰囲気で帰宅した時から気に掛けている。のちに葉子と雅彦の肉体関係を気取るが、この母は発作持ちのため、葉子は雅彦とのマンションでのことを固く秘密にしてショックを与えないようにと配慮。婚約者からは優しく愛されていると涙まじりに哀しい嘘を付く。母親は挙式前に葉子が懐妊しないように心配し、避妊についてもさりげなく注意する。
母親が、娘の名を呼ぶ直接の描写は作中には無い。雅彦のことは、葉子との会話の中で、雅彦さん、と呼んでいる。
葉子の父
本名不詳。松平家の家長。銀行の重役をしており、雅彦の父とも懇意らしい。
雅彦の父
本名不詳。矢野家の家長。一流商社の重役。雅彦の言によると、実は恵比須のマンション(現在の雅彦のSMプレイルーム)の元の持ち主で、かってはそこにを囲っていたが、現在はその部屋を息子に譲った。マンション内のビクトリヤ朝風の家具類や、寝室や浴室にあるSMプレイ用の設備の多くもしくは一部は、雅彦がこのサディストの父からそのまま譲り受けたものらしい。
なお雅彦は自分の父親のことを、おやじ、もしく単に父、とだけ呼んでいる。
雅彦の父の妾
本名や年齢などの一切が不詳。もともとは、現在の雅彦のマンションに囲われていた。雅彦の言によると、サディストだった彼の父によって、マンションの寝室の天井から鎖で吊られて鞭で打たれていたという。当初は嫌がっていたが、最後には本物のマゾになり、雅彦の父の手にも余って捨てられた。
上杉(うえすぎ)
雅彦の大学の先輩。自宅は渋谷の高級住宅街にある、うっそうと樹木が茂る古びた洋館づくりの建物。本業はデザイナーだが、雅彦の説明によると、上杉(と谷梓)は親譲りの財産がありあまるほどあるので、仕事はひまつぶし程度だという。危険さと甘さをあわせた30代のプレイボーイで、当初、葉子はその物腰と雰囲気に反感を抱くが、婚約期間中、雅彦や谷梓をまじえて一緒に数回、食事をする内に、ざっくばらんないい人だとも段々と思うようになる。葉子と雅彦の結婚式にも訪れており、葉子の美しい花嫁姿を口をきわめて賞めそやした。だが実は、上杉こそ雅彦にSM趣味を教えた当人で、自分自身も年季の入った本物のサディストだった。葉子に対しても、雅彦がまず彼女に何をしたかすぐ判るとうそぶいている。
雅彦のことは、雅彦くん、と呼び、葉子のことは結婚後は奥さん、と呼びかけたが、結局、葉子さんと呼んでいる。梓のことは、葉子に初紹介する際は梓さん、のちには梓、と呼び捨てにした。
谷梓(たに あずさ)
上杉のガールフレンドで仕事のパートナー。上杉の家に、半ば同棲しているらしい。葉子より3~4歳ばかり年上で、初対面時にはまだ処女だった葉子に比べ、黒っぽいロンゲット、細かい細工の金のイヤドロップ、濃いアイシャドー玉虫色に光るルージュなど素人女とは思えない外見を見せていた大人の女性。葉子は当初、自分とそう年齢が違わないのに、圧倒するような女の匂いを発する彼女に本能的な敵意を抱く。だが、やはり上杉に対してと同様、日々を追うごとに次第に彼女にも多少の好感めいた感情を抱くようになった。だが実は彼女こそ上杉のSM趣味でのパートナーであり、さらに雅彦が上杉からSM趣味を教わった際に試験台として(上杉の公認の上で)雅彦に責め嬲られたこともある本物のマゾ女だった。
雅彦のことは、雅彦さん、と呼ぶ。梓が上杉や葉子の名を呼ぶ描写は作中には無い。
仲人
婚約して結納を交わした雅彦の実家・矢野家と葉子の実家・松平家との間を正式に取り持った仲人。本名、立場などの詳細は一切が不明。冒頭の地の文で一言だけその存在が記述される。
クラブSのマネージャー
雅彦の父と葉子の父が、ともに上客としてよく利用する、六本木のクラブ「S」のマネージャー。本名は不詳。すでに何回か店に来ている雅彦とも面識があり、雅彦の来店時には自分の方から客席に挨拶に来た。雅彦が初めて連れて来た美しい女性=松平葉子を彼の婚約者だと紹介される。
クラブSのバンド
クラブSの小編成の楽団。雅彦が葉子が食事後に移った二階のサロンで、ダンスフロア用のひかえ目な音楽を奏でていた。
はるを
雅彦が葉子を連れ込んだ、六本木周辺の裏町にある汚くて狭いレンタルルームの隣室の男性客。姿は見えず、薄いベニヤ製の壁を経た物音と気配、会話で、その存在感を雅彦と葉子に伝える。
とも子
はるをが連れ込んだ相手の少女。やはり葉子たちには顔は見えない。肉体を求めるはるをに当初は抗っていたが、最後には体を許す。処女だったらしく、相手のことは、はるをさん、と呼んでいた。
挙式の参列者
雅彦と葉子の挙式を祝いに集まった人々。政財界の要人も多数訪れている。花嫁である葉子の清楚な美しさに誰もが感嘆の言葉を贈るが、実際には淫らなマゾヒストの葉子は、そのように言ってくださる参列者の善意を欺くおのれの罪深さに涙を浮かべた。だがそんな涙ぐむ葉子の姿は、今どきの若い女性にはめずらしいしおらしさだとして、さらに参列者の好感を集めた。

『被虐の契り』の別バージョン[編集]

「被虐の契り」は、2010年5月現在まで書籍化されていないが、作品名と登場人物名を変更、さらに内容を部分的に改訂・短縮の上、以下の二つのタイトルで、後年に別のSM雑誌に2度ばかり再掲載されている。作者の名義は、どちらもそのまま千草忠夫。

狂おしき華燭
『SMフロンティア』1977年1月号(司書房
華燭の淫
『小説SMファン』1983年5月号(三和出版)
先代:

1974年1月号
地下室の飼育人
前後の千草忠夫の
「SMファン」執筆作品
1974年2月号
被虐の契り
次代:

1974年3月号
天使炎上