茂木城

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茂木城
栃木県
別名 桔梗城[1]
城郭構造 山城
築城主 茂木知基[1]
築城年 建久年間(1190年 - 1199年)[1]
主な城主 茂木氏
廃城年 1610年(慶長年)[2]
遺構 本丸、二の丸、三の丸、堀[1]、土塁、池、櫓跡[2]
位置
地図
茂木城の位置(栃木県内)
茂木城
茂木城

茂木城(もてぎじょう)は、現在の栃木県芳賀郡茂木町にあった中世の日本の城である。宇都宮氏の支族であった茂木氏の居城であった。

歴史・沿革[編集]

1180年治承4年)宇都宮宗綱の次男・八田知家源頼朝の蜂起に際の勲功によって、頼朝より茂木保の地頭職補任される[1]

1192年建久3年)に知家は三男・知基に地頭職を譲り茂木氏を名乗らせた。その茂木知基によって、建久年間(1190年 - 1199年)に築城される[1]

1556年佐竹氏に攻められ茂木氏はこれに臣従、以後佐竹氏の影響下に入る[要出典]

1585年天正13年)には天谷場の合戦北条氏結城氏らの連合軍によって1度は城を落とされているが、佐竹氏の援軍を得て奪回している[1]

1594年文禄3年)に佐竹義重の命によって茂木氏16代・茂木治良小川城へと移り、茂木氏の支配が終わる[1]

1595年(文禄4年)に佐竹氏に属する須田治則が城主となる[1]

1610年慶長15年)に佐竹氏が秋田に移封となり、代わって細川興元が茂木に入り、城下に陣屋を設けたため廃城となった[2]

現在の状況[編集]

現在の茂木城跡は城山公園となっていて、曲輪・土塁・空堀が見られる。また、斜面の木々は間伐されており、良好な形状で保たれている。

構造[編集]

茂木城は山城である。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 児玉幸多 監修坪井清足 監修平井聖 編修村井益男 編修 『日本城郭大系 第四巻 茨城 栃木 群馬』 新人物往来社、1979年、262-263頁。ISBN 4404010117
  2. ^ a b c 栃木県歴史散歩編集委員会 『栃木県の歴史散歩』 山川出版社、2007年、302-303頁。ISBN 4634246090

関連項目[編集]