芦田甚之助

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芦田 甚之助(あしだ じんのすけ、1934年1月13日 - 2011年11月10日[1])は、日本の労働運動家。日本労働組合総連合会(連合)2代目会長。後に連合顧問、日弁連法務研究財団理事を務めた。勲位・勲等は従三位[2]旭日大綬章

略歴[編集]

新潟県出身。1956年3月、早稲田大学教育学部を卒業後、ゼンセン同盟に入局。入局後は各県支部長、同局書記長などを歴任し、1988年に同会長、友愛会議議長に就任。

1994年10月に、山岸章の後を受けて第2代連合会長に就任し、1997年10月に至るまで同職を務めた。他に政府の対外経済協力審議会委員、行政改革会議委員、法制審議会委員を歴任。

2005年11月に旭日大綬章を授与される。

2011年11月10日、急性心不全のため東京都杉並区の病院で死去。77歳没[1]。没日付で従三位に叙せられた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 芦田甚之助氏が死去 元連合会長 - 47NEWS(よんななニュース)
  2. ^ 官報第5702号、2011年12月16日閲覧

関連項目[編集]

その他の役職
先代:
山岸章
日本労働組合総連合会長
第2代:1995 - 1997
次代:
鷲尾悦也