群の拡大

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数学において、群の拡大(ぐん-の-かくだい、: group extension)は、一般に特定の正規部分群剰余群を使ってを記述することを意味する。Q および N をふたつの群とするとき、GN による Q拡大 (extension) であるとは短完全列

1\to N\to G\to Q\to 1

が存在することを言う。GN による Q の拡大ならば G は群であり、NG正規部分群剰余群 G/N は群 Q に同型となる。群の拡大は、QN が既知の群であるとき、群 G の性質を決定できるかという拡大の問題 (extension problem)の文脈で現れる。

部分群 N が群 G中心に含まれるような拡大は、中心拡大 (central extension)と呼ばれる。

一般の拡大[編集]

群の直積が拡大になっていることはすぐに判る。G および Qアーベル群であると仮定すると、Q の与えられた(アーベル)群 N による拡大の同型類全体の成す集合は、実は群の構造を持ち、Ext函手を使えば

\operatorname{Ext}^1_{\mathbb Z}(Q,N)

に同型である。他にいくつか拡大の一般類が知られているが、可能な全ての拡大を扱うような理論は存在していない。群の拡大はふつうは拡大問題と呼称される難しい問題である。

いくつか例を考えよう。G = H × K とおくとGH および K 双方の拡大である。もっと一般に、GKH との半直積ならば GHK による拡大である。同様に輪積 (wreath product) による積を考えれば拡大の更なる例がえられる。

拡大問題[編集]

H に対してどのような群 GH の拡大として得られるかという問いは拡大の問題と呼ばれ、19世紀の後半から深く研究がなされてきた。研究の動機としては、有限群の組成列が部分群の列 {Ai} で各 Ai+1Ai のある単純群による拡大であることが考えられる。有限単純群の分類により、有限単純群については完全に判っているので、拡大問題が解決されれば一般に任意の有限群の構成と分類についての十分な情報が得られるということになる。

図式の言葉を使えば、拡大の定義をもう少し柔軟なものにできる。群 G が群 H の群 K による拡大であるとは、完全列

1\to K\to G\to H\to 1

が存在するとき、かつそのときに限って言う。ここに 1 は単位元のみからなる自明な群である。この定義ではKG の部分群であるという要請を外してもっと一般に KG正規部分群 K*同型HG/K* に同型であるという意味に解してよい。

拡大の分類[編集]

拡大問題を解決するというのは、HK による拡大を全て分類すること、あるいはもっと実際的にいえば、そのような拡大全てをもっと判り易くて計算し易い数学的対象を使って表現することをいう。一般に拡大問題は非常に困難な問題で、他に条件を付け加えてやらないと意味のある拡大の分類というものは殆ど得られない。

分解型拡大の分類[編集]

準同型 s: HG が存在して、s と商写像 GH との合成が H 上で恒等写像となるようなものが存在するとき、拡大

1\to K\to G\to H\to 1

分解型であるとか分裂 (split) する、あるいは分解型拡大 (split extension) であるなどという。またこのとき、s は上記の完全列を分解するという。

分解型の拡大の分類は非常に簡単で、分割補題 (splitting lemma) によれば拡大が分解する必要十分条件は群 GK および H の半直積となることであり、半直積自体は分類が容易(Aut(K) を K自己同型群とすれば、半直積は H から Aut(K) への準同型と一対一に対応する)だからである。

注意[編集]

数学で構造 K の拡大と言ったときは通例 K を部分構造として持つ構造 L をいう(たとえば体の拡大等を参照)のであるが、群論においてはそれがあべこべになるような場合にも拡大ということばを使うことがある。これには OpExt(Q,N) という記法が簡単に QN による拡大と読めるとか、群の拡大では群 Q に焦点が当てられるからとかということが理由の一部にあると考えられる。

後述の非可換拡大に関するシュライヤー理論の論文(R. Brown and T. Porter 1996)では K の拡大がより大きな構造を与える用語法を用いている。

中心拡大[編集]

G中心拡大とは、短完全列

1\to A\to E\to G\to 1

A が群 E中心 Z(E) に含まれるものをいう。GA による中心拡大の同型類全体の成す集合は、GA に自明に作用しているときのコホモロジー群 H2(G, A) と一対一に対応する。

任意の群 G と任意のアーベル群 A を使って、EA × G とおけば中心拡大の例が得られる。これは分裂型(GE の部分群と見れば上述した意味での分裂拡大)の例でありとくに面白くは無い(コホモロジー群との対応で言えば、H2(G, A) の元 0 に対応する)ものである。もっとちゃんとした例は射影表現論において射影表現がふつうの線型表現に持ち上げられない場合に見つけることができる。

有限完全群の場合には普遍完全中心拡大が存在する。

群の中心拡大と同様に、リー環の中心拡大も完全列

0\to \mathfrak{a}\to\mathfrak{e}\to\mathfrak{g}\to 0

で、\mathfrak{a}\mathfrak{e} の中心に含まれるようなものとして定義される。

Maltsev多様体における中心拡大の一般論が存在する(G. Janeldze and G. M. Kelly 2000)。

リー群の拡大[編集]

連結リー群の中心拡大はリー群の被覆空間であるが、連結でないリー群の場合には状況はもっと複雑である。

G がリー群ならば G の中心拡大もふたたびリー群となり、さらに G の中心拡大のリー環は G のリー環の中心拡大に一致する。理論物理の言葉で、G に含まれない E の生成元をセントラル・チャージという。これらの生成元はネーターの定理によって E のリー環の中心に属し、対称群の生成元は保存量に対応する(チャージを参照)。

リー群論における中心拡大は代数的位相幾何学に関連して生じる。G連結だが単連結ではないリー群とすれば、その普遍被覆 G* もまたリー群となり、射影

π: G* → G

は全射な群準同型で、その核は同型の違いを除けば G基本群になる(これが可換群となることはよく知られている。H空間を参照)。この構成が中心拡大を与えているのである。

逆に、与えられたリー群 G が非自明な中心 Z を持つならば、剰余群 G/Z はリー群であり、その中心拡大が G に一致する。

基本的な例を挙げれば

などがある。SL2(R) の場合は基本群として無限巡回群 Z を伴う。ここでの中心拡大はモジュラー形式論でよく知られており、重みが 1/2 のものがこれに当たる。対応する射影表現はヴェイユ表現であり、(この場合は実数直線上の)フーリエ変換から構成される。メタプレクティック群は量子力学にも現れる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • Mac Lane, Saunders (1975), Homology, Classics in Mathematics, Springer Verlag, ISBN 3-540-58662-8 
  • R.L. Taylor, Covering groups of non connected topological groups, Proc. Amer. Math. Soc. 5, (1954) 753-768.
  • R. Brown and O. Mucuk, Covering groups of non-connected topological groups revisited, Math. Proc. Camb. Phil. Soc, 115 (1994) 97-110.
  • R. Brown and T. Porter, On the Schreier theory of non-abelian extensions: generalisations and computations, Proceedings Royal Irish Academy 96A (1996) 213-227.
  • G. Janeldze and G. M. Kelly, Central extensions in Malt'sev varieties Theory and Applications of Categories, 7 (2000) 219-226.