コンテンツにスキップ

綾ノ浪俊一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

綾ノ浪 俊一郎(あやのなみ しゅんいちろう、1901年8月25日 - 1984年7月1日[1])は、青森県南津軽郡田舎館村出身で湊川部屋追手風部屋、再度湊川部屋に所属した力士。本名は鈴木 俊一郎(すずき しゅんいちろう)。身長170cm、体重94kg。最高位は東前頭7枚目。得意手は突っ張り、押し。

来歴

[編集]

1921年1月場所に初土俵。この間親方が亡くなり、後継が決まるまでのあいだ追手風部屋に預けられ、1929年1月場所に十両昇進、新設された湊川部屋に戻って1930年5月場所に新入幕。春秋園事件に加担し、1932年1月場所に脱退(番付からは削除され、実質的最終場所は1931年10月場所)した。脱退後は青森市で酒屋を経営した後、再び上京して江東区深川で飲食店「角力屋」を経営した。また、太平洋戦争後は青森県に戻り、津軽貨物株式会社に勤務する傍ら、土地相撲や学生に相撲を指導した。

主な成績

[編集]
  • 通算成績:137勝108敗1休1預 勝率.559
  • 幕内成績:28勝38敗 勝率.424
  • 通算在位:32場所
  • 幕内在位:6場所
    • 幕下優勝:1回(1927年1月場所)

場所別成績

[編集]
綾ノ浪 俊一郎
春場所 三月場所 夏場所 秋場所
1921年
(大正10年)
(前相撲) x 東序ノ口22枚目
4–1 
x
1922年
(大正11年)
西序二段20枚目
4–0
1預
 
x 東三段目23枚目
2–3 
x
1923年
(大正12年)
西三段目34枚目
7–3 
x 東三段目12枚目
5–1 
x
1924年
(大正13年)
西幕下26枚目
2–3 
x 西幕下29枚目
3–3 
x
1925年
(大正14年)
東幕下28枚目
4–2 
x 東幕下16枚目
4–2 
x
1926年
(大正15年)
西幕下5枚目
3–3 
x 東幕下18枚目
2–4 
x
1927年
(昭和2年)
東幕下35枚目
優勝
6–0
東幕下35枚目
5–1 
東幕下5枚目
3–3 
東幕下7枚目
3–3 
1928年
(昭和3年)
東幕下5枚目
3–3 
東幕下6枚目
1–4–1 
西幕下8枚目
4–2 
西幕下8枚目
6–1 
1929年
(昭和4年)
東十両7枚目
6–5 
東十両7枚目
5–6 
東十両6枚目
6–5 
東十両6枚目
8–3 
1930年
(昭和5年)
東十両2枚目
6–5 
東十両2枚目
7–4 
東前頭14枚目
7–4 
東前頭14枚目
6–5 
1931年
(昭和6年)
東前頭7枚目
2–9 
東前頭7枚目
1–10 
西前頭14枚目
7–4 
西前頭14枚目
5–6 
1932年
(昭和7年)
東前頭13枚目
 
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴

[編集]
  • 綾ノ浪 俊一郎(あやのなみ しゅんいちろう)1921年1月場所 - 1931年10月場所

参考文献

[編集]
  • 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709

出典

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]