統制社会

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統制社会(とうせいしゃかい)とは、政府国民の動向を監視し、外部からの情報を遮断することで成り立つ社会を指す。統制社会を共産主義に限定するのは、統制社会と統制経済を混同しており、誤りである。統制社会は全体主義はもちろん、資本主義社会、自由主義社会でも発生しうるものである。

全体主義[編集]

ナチスは、ユダヤ人、障害者、自由主義者、社会主義者、共産主義者を、殺害、投獄した。エホバの証人や、伝統宗教のキリスト教会の牧師の一部も弾圧された。教育は人種主義見地により、人口政策、健康に重点が置かれた。女性の就業、教育の機会は奪われた。宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッベルスは世論操作のため、映画、大規模集会、ヒトラーの洗脳演説を利用した。政府は芸術的表現を統制し、特定の芸術形式を奨励し、それ以外は頽廃芸術として禁止又は抑圧した。

共産主義:ソヴィエト連邦[編集]

共産圏諸国は、あらゆる機関にKGBを配属していた。政府を批判する者があれば、すぐに通報された。旧共産圏で、アネクドートが発達したのは、政府を直接批判できなかったためである。ニュースと言えば、自国の共産党指導者を称える内容か、計画経済の成果を誇示する内容か、資本主義国家における反政府運動を報道する内容ばかりとなった。事件事故報道は、国民を不安にするとの理由で、原則として行われなかった。

戦後、故あってソ連に残留した日本人が、帰国したい旨モスクワ駐在日本大使館に手紙を出したところ、日本大使館からではなく、KGBから返事が来たという。また、1960年代に、日本の歌謡曲恋の季節」をモンゴル語訳して流布した日本語教育専攻のモンゴル人教授が、KGBに逮捕されたという。当時は、ソ連の従属国モンゴルと、日本の間に国交はなく、資本主義の敵性文化を流布させたと取られた。選挙は、が選定した唯一の候補に対する信任投票が行われた。秘密選挙の原則は行われず、信任なら無記入、不信任なら特設の記帳台に出向く、あるいは黒白投票制が採られ、政府に批判的な国民は、すぐに識別できるようになっていた。外国人の入国は不可能ではなかったが、団体旅行に限られ、国民との接触は歓迎されなかった。

北朝鮮[編集]

共産主義の、統制社会を極端にしたのが、北朝鮮であった。北朝鮮では、ラジオテレビを購入した際、警察によりダイヤルチャンネル朝鮮中央放送に固定され、勝手に封印を解いたら厳罰に処される。設定されていないものでも、警察に届け出ることが義務付けられている。合法の範囲では、北朝鮮国民は、朝鮮労働党プロパガンダにしか接することは出来ない。

外国人の入国は、団体旅行に限られ、外国人が国民を撮影しようとしたり、話し掛けようとした場合、案内員(ガイド)と呼ばれる外国人監視担当者に制止される。公用でない限り、国民は海外渡航は出来ないし、国内旅行ですら許可制である。 国際電話は、オペレーターを通せば、可能ということになっているが、実際には、繋いでもらえない。

インターネットも、国内のウェブサイトしか閲覧できないようになっている。密告盗聴は、当たり前である。例え罪を犯した者が家族であっても決して例外ではない。

統制社会の崩壊[編集]

ゴルバチョフは、あくまで体制内改革を想定していた。しかし、いったん資本主義の長所を取り入れ、情報統制を解除してしまうと、共産主義を望まない多数派の国民の声がうねりのように押し寄せてしまい、共産主義を幕引きせざるを得なくなった。