紀時文

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紀時文
時代 平安時代中期
生誕 延喜22年(922年[1]?
死没 長徳2年(996年)?
官位 従五位上大膳大夫
主君 村上天皇
氏族 紀氏
父母 父:紀貫之
兄弟 時文、紀内侍、女子
輔時、時継、文正、時実
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紀 時文(き の ときぶみ)は、平安時代中期の貴族歌人三十六歌仙の一人、木工権頭紀貫之の子。官位従五位上大膳大夫

経歴[編集]

天暦5年(951年梨壺の五人の一人に選ばれ、『万葉集』の訓読、『後撰和歌集』の撰集にあたった。

に秀でていたが、の力量は父・貫之には及ばなかったようで、勅撰和歌集には『拾遺和歌集』以下に5首が入集されているに過ぎず、家集も伝わっていない。恵慶清原元輔源順大中臣能宣といった歌人と交流があった。

系譜[編集]

  • 父:紀貫之
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:紀輔時
    • 男子:紀時継
    • 男子:紀文正
    • 男子:紀時実

脚注[編集]

  1. ^ 生年は928年とする説もある。