粟野村 (福島県)
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| 粟野村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1955年3月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 梁川町、五十沢村、富野村、山舟生村、白根村、堰本村、粟野村 → 梁川町 |
| 現在の自治体 | 伊達市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 東北地方 |
| 都道府県 | 福島県 |
| 郡 | 伊達郡 |
| 総人口 |
3,337人 (国勢調査、1950年) |
| 隣接自治体 | 梁川町、国見町、桑折町、保原町、大田村、堰本村 |
| 粟野村役場 | |
| 所在地 | 福島県伊達郡粟野村 |
| ウィキプロジェクト | |
粟野村(あわのむら)は福島県伊達郡にあった村。現在の伊達市梁川町各町の西部にあたる。
地理[編集]
- 河川 : 阿武隈川
歴史[編集]
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、粟野村、二野袋村、向川原村、柳田村の区域をもって発足。
- 1955年(昭和30年)3月1日 - 梁川町・五十沢村・富野村・山舟生村・白根村・堰本村と合併して梁川町が発足。同日粟野村廃止。
- 2006年(平成18年)1月1日 - 梁川町が伊達町・保原町・霊山町・月舘町と合併して伊達市が発足。
交通[編集]
鉄道路線[編集]
短編映画(村内共同電化計画)[編集]
他の4つの村と共に合併され梁川町(現・伊達市)発足となる前年〔1954年〕、『粟野村』と題された短編映画が製作された《カラー;21分[1]》。
粟野村では太平洋戦争終戦の翌年(1946年)に村内の共同電化計画が持ち上がり、その後、2次にわたって共同電化計画が実行に移された。その結果、戦時中から続いてきた麦・甘藷の栽培だけにとどまらず、果樹栽培や稲作にも乗り出すなど農業の多角化を実現させ、他には畜産業への着手、更には家事の負担軽減といった生活改善効果も現れた。
この2次にわたる村内共同電化計画の推移を紹介したのが当映画作品であり、製作の3年前(1951年)に実施された電気事業再編によって粟野村を擁する福島県を初めとする東北6県及び新潟県を管轄する電力会社として発足したばかりの東北電力が企画している。
なお、映画の前半では共同電化計画が持ち上がる前の麦作の様子が映し出されている他、映画の冒頭約40秒間に於いては、当時村内に線路を延ばしていた福島電気鉄道梁川線とみられる鉄道の走行シーンも映し出されている。
映画冒頭で為されているクレジット表示に於いて制作者の表示が為されていないが、製作者が東京シネマ(現・東京シネマ新社)の創立者・岡田桑三の名義となっていることもあってか、現在当映画を無料公開している科学映像館(NPO法人・科学映像館を支える会)の理事長・久米川正好は当映画について「東京シネマ」制作としている[2]。
前記の通り、現在当映画は科学映像館のWebサイト上に於いて無料公開されている。
脚注[編集]
- ^ 実際の上映時間は20分弱である
- ^ 久米川自身が保有するYoutubeアカウント(正好 久米川)の下でも同じく当映画を『「粟野村」東京シネマ1954年制作』〔→アーカイブ(動画除く)〕というタイトルで配信している。ちなみに当映画の製作年である「1954年」は、同時に東京シネマの創立年にもなっている《東京シネマの創立年月日は「1954年3月23日」》
参考文献[編集]
- 角川日本地名大辞典 7 福島県
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 粟野村 - 科学映像館Webサイトより