穂積敬重

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穂積 敬重(ほづみ たかしげ、1849年6月4日嘉永2年4月14日[1]) - 1904年明治37年)8月28日[1])は、幕末の小倉藩士明治時代の官吏東京市赤坂区長。旧姓は鈴木[1]

経歴[編集]

江戸神田橋の小倉藩邸に生まれる[1]1869年(明治2年)金沢純直、山田直矢らと刑部史正を拝命し、1872年(明治5年)頃、東京権少属となる[1]1887年(明治20年)11月、東京市赤坂区長に任じ、1889年(明治22年)5月まで務めた[2]。同月、滋賀県栗太野洲郡長に転任し[3]、のち同県犬上郡長を務めた[4]

脚注[編集]

参考文献[編集]