稲田正次
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稲田 正次(いなだ まさつぐ、1902年8月26日 - 1984年8月14日)は、日本の憲法学者。法学博士。東京教育大学名誉教授。
人物[編集]
島根県能義郡赤屋村(現・伯太町)出身。1931年九州帝国大学卒業。熊本県師範学校教諭・静岡県立富士高等女学校教諭などをつとめた後、1934年から東京高等師範学校助教授兼東京文理科大学助手、1936年東京高等師範学校教授、1942年東京文理科大学助教授。
1945年、終戦直後の12月憲法改正私案を政府に提出し、公表した。同案では、英国憲法に範をとり、米国憲法の条項に倣った。 1946年、尾崎行雄、岩波茂雄らとともに憲法懇談会を設立し、日本国憲法草案を起草、公表した。
1952年、東京教育大学教授となり、1953年から1957年まで同文学部長に任じた。1960年『明治憲法成立史』上巻を、1962年同下巻を出版。五箇条の御誓文から大日本帝国憲法施行に至るまで、官民の私擬憲法や政府内での憲法制定過程について詳細に研究した。この業績により法学博士となる。
1966年東京教育大学を退官、同大名誉教授となる。東京理科大学教授、1973年からは富士短期大学教授、1976年には同大学長を歴任。1968年には紫綬褒章を受章。1984年8月14日死去。81歳。
主な著書[編集]
外部リンク[編集]
- 稲田正次と憲法懇談会の憲法改正案(国立国会図書館電子展示会「日本国憲法の誕生」資料と解説2-17)