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秀ノ山 (年寄名跡)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

秀ノ山(ひでのやま)は、日本相撲協会年寄名跡のひとつ。初代・秀ノ山が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。

10代目は横綱玉の海片男波部屋)に名跡を譲渡する意向があったといわれるが、10代目自身が1971年に亡くなった後、その数ヶ月後に玉の海も現役力士のまま急逝したため、名跡取得が実現することはなかった。佐渡ヶ嶽部屋の部屋付き年寄だった11代目は大関・琴光喜に名跡を譲渡する意向を示していたが、琴光喜が2010年に発覚した野球賭博問題により日本相撲協会を解雇されたことでこれも実現しなかった。

秀ノ山の代々

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  • 代目の太字は、部屋持ち親方。
代目引退時しこ名最高位現役時の所属部屋襲名期間備考
初代秀ノ山傳治郎小結伊勢ノ海-柏戸-秀ノ山部屋?-1823年7月(死去)二枚鑑札
2代源氏山吉太夫大関秀ノ山部屋1828年3月-1844年4月(死去)現在の山形県天童市寺津出身で、銅像が建つ。山形市の法祥寺に墓碑あり。
3代秀の山雷五郎横綱秀ノ山部屋1844年10月-1862年5月(死去)二枚鑑札
4代大江山源治十6秀ノ山部屋1862年11月-1863年11月?
5代鹿嶋灘鰐右エ門前6秀ノ山部屋1863年11月-1893年8月(死去)二枚鑑札
6代天津風雲右エ門前2秀ノ山部屋?-1914年9月(死去)二枚鑑札
7代小常陸由太郎関脇出羽ノ海部屋1918年1月-1927年9月(死去)
8代若常陸恒吉前1出羽海部屋1931年1月-1940年9月(死去)
9代駒ノ里秀雄前2山分部屋1942年5月-1944年11月10代山分に名跡変更
10代笠置山勝一関脇出羽海部屋1945年11月-1971年8月(死去)
11代長谷川勝敏関脇佐渡ヶ嶽部屋1976年5月-2009年7月(停年(定年)退職)
12代琴錦功宗関脇佐渡ヶ嶽部屋2009年9月-2014年1月借株
11代中村に名跡変更
13代天鎧鵬貴由輝前8尾上部屋2019年3月-2020年2月一時的襲名
23代音羽山に名跡変更
14代琴奨菊和弘大関佐渡ヶ嶽部屋2020年11月-

関連項目

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