白木周作

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白木 周作(しらき しゅうさく、1980年2月24日 - )は、神奈川県横浜市港北区出身の元アメリカンフットボール選手、ポジションは(ランニングバック)。

略歴[編集]

日本大学高等学校アメリカンフットボールを始める。一貫してランニングバック。

法政大学へ進学し、大学1年より法政大学トマホークスでPR(パントリターナー)を務めた。大学3年より全試合に出場、クラッシュボウルMVP[1]甲子園ボウルMVPの活躍で28年振りの単独優勝に貢献した。

大学4年では副将を務めた。この年の甲子園ボウルでは、関西学院大学ファイターズに敗北した[2]。2001年関東大学リーディングラッシャーのタイトルを獲得した[3]。アメリカンフットボール誌「月刊タッチダウン」が選ぶALL JAPANにも選出されている[4]

2002年、丸紅株式会社に入社し、クラブチームであるXリーグオービックシーガルズに加入。同期は、清水謙。2006年から2008年までバイスキャプテンを務めた。

2010年に休部、シーズン終了後に引退し[5]、家業を継ぐ。現在はアメリカンフットボールには関わっていない。

2018年より法政大学アメリカンフットボール部にてRBコーチ

脚注・出典[編集]

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  1. ^ CLASH BOWL 関東学生アメリカンフットボール連盟
  2. ^ 過去の戦績 - 甲子園ボウルオフィシャルサイト
  3. ^ アメフト部 甲子園連覇へ 白木周作 最後の挑戦”. スポーツ法政 (2001年). 2014年9月28日閲覧。
  4. ^ チームガイド - オービックシーガルズ
  5. ^ 2011春季ロスター発表 / 引退・移籍選手より”. オービックシーガルズ (2011年4月27日). 2014年9月28日閲覧。