疼痛の原因に応じた治療

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疼痛治療は、従来の「痛い部分を治す」という観点から「疼痛の原因に応じた治療(とうつうのげんいんにおうじたちりょう、: Mechanism based treatment、MBT)」にシフトしている。 これは、近年の研究で、痛みの病態生理が明らかにされたことが大きな要因になっている。 また、それに呼応するように、新しい治療薬が市場に出てきており、疼痛治療は日進月歩の領域である。 ここでは主に運動器疾患に起因する疼痛治療について解説する。

痛みの定義[編集]

1979年、国際疼痛学会では、痛みを次のように定義した[1]

組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な 感覚・情動体験である。
An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.

つまり、痛みは主観的な側面とともに心理社会的な側面を持つことを示している。 そして、痛みの種類、原因などの診断を行い、適切な薬物を選択することが重要になる。

痛みの原因による分類[編集]

痛みの原因による分類

痛みは、その発症機序から「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」「心因性疼痛」に大別される[2]

侵害受容性疼痛
痛覚受容器が刺激されて生じる痛み。生体に外部から炎症や刺激が末梢神経に加わって生じる痛み。
侵害受容性疼痛は生体の異変を知らせる警告信号の役割も果たしており、生体保護にとって必要な機能でもある。
変形性関節症、五十肩、腱鞘炎など。
神経障害性疼痛
神経系の異常による痛み。末梢神経の障害によるものと中枢神経の障害によるものがある。
末梢神経の障害による痛み
帯状疱疹が治った後の長びく痛みや、糖尿病の合併症に伴う痛みやしびれ、坐骨神経痛など。
中枢神経の障害による痛み
脳卒中後の疼痛、脊髄損傷後の痛みなど。
混合性疼痛
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の両方の要素を併せ持つ痛み。腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア、慢性腰痛 (非特異的腰痛) など。
心因性疼痛
原因となる身体的異常がない痛み。

疼痛治療の分類[編集]

疼痛治療の分類

主に運動器疾患による痛みの治療は下記のように保存療法と手術療法に大別される[3] 保存療法では、日常生活の指導とともに、薬物療法、運動療法などが行われる。 保存療法で症状の改善が得られない場合には、手術療法が考慮される。


MBTに基づいた運動器疼痛治療の考え方[編集]

運動不足は筋力を低下させ、寝たきりなどの介護を必要とする状態を引き起こす原因ともなる (ロコモティブシンドローム)。運動器の痛みは痛みへの恐れから運動不足を招きやすい。 これを予防するためにも、運動療法は疼痛治療に欠かせない。そのため、運動のできる体をつくるためにも、しっかりと疼痛治療を行うことが重要である。 運動療法ができるようになれば、運動の質・量を上げながら薬物の投与量を徐々に調節することも可能になりQOLの改善につながる。このようなトータルマネジメントが有効である。

MBTに基づいた薬物選択[編集]

疼痛治療で使用される薬物[編集]

NSAID[編集]

疼痛治療の第一選択薬となる。さまざまな特徴を持つ薬剤があり、また、内服薬以外にも貼付剤や坐薬といった多くの剤型が存在し、痛みの強さや場所に適した薬剤と剤型を選択することができる。

NSAIDの薬剤選択[編集]

NSAIDは、化学構造以外にも、血中半減期の長短、剤型など、さまざまに分類ができ、個人の痛みの種類にあわせて選択することができる。ぎっくり腰などの急激な痛みには、効果が速く現れるNSAIDを選択し、一般的な腰痛や、変形性関節症などの慢性になりやすい痛みには、持続的な抗炎症作用が期待できるNSAIDを選択すれば、早期に疼痛を緩和し、痛みの原因である炎症部位を治療して痛みを慢性化させないことが期待できる。

COX-2選択的阻害薬[編集]

NSAIDで起こる代表的な副作用が胃腸障害 (胃炎胃潰瘍など) であるが、COX-2選択的阻害薬は、その胃腸障害のリスクを軽減させる。セレコキシブ(商品名:セレコックス)は、もともとその胃腸障害を軽減することを目的に開発されたCOX-2選択的阻害薬の代表的な薬剤である。 胃腸障害が少ないため、慢性的な痛みなどで長期に服用が必要な場合ではCOX-2選択的阻害薬が選択されることが多い。

アセトアミノフェン[編集]

海外ではNSAIDとならび第一選択薬になることが多い。近年、オピオイドであるトラマドールとの合剤が発売された。日本では、2011年に成人の鎮痛に対する用量が改訂され、1回1,000mg、1日で4,000mgまで使用できるようになった。一方、2014年、米国FDAより単剤あたりの用量が325mgを超えるアセトアミノフェンは肝障害を引き起こすとして処方が禁止された。

プレガバリン・三環系抗うつ薬[編集]

慢性化した痛みには、神経障害性疼痛の関与が疑われる。神経障害性疼痛では侵害受容器は関わっていないため、NSAIDのみでは十分な効果を発揮しない場合がある。そのような場合にはプレガバリン三環系抗うつ薬が用いられる。

オピオイド[編集]

NSAIDやプレガバリンなどを使用しても病態が好転せず進行するような場合には、トラマドールなどの弱オピオイドの使用を考慮する。

MBTに基づく薬剤選択[編集]

MBTに基づいた疼痛治療の薬剤選択

痛みの原因によって薬剤を使い分ける、すなわちMBTの考えに即して薬剤選択を行うことで、薬物乱用や依存を引き起こすことなく、患者QOLを改善することが期待できる[4]。侵害受容性疼痛は、受傷まもない急性期の痛みであることが多い。またその段階では炎症の割合も高いため、NSAIDが第一選択になる。しかし、時間の経過とともに、神経障害性疼痛の要素も混じるようになるため、プレガバリンや、痛みの度合いによっては弱オピオイドを選択することを考慮すべきである。

出典[編集]

  1. ^ Pain. 1979 Jun;6(3):249
  2. ^ 花岡 一雄、田中 栄「痛みのマネジメント update」『日本医師会雑誌』143:S2、2014
  3. ^ 内田淳正監修「第32 E 関節症と関連疾患」『標準整形外科 第11版』 医学書院、639、2011年。
  4. ^ 田口敏彦:『日経メディカル』、2014年12月。

関連項目[編集]