田中稔 (ジャーナリスト)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

田中 稔(たなか みのる、1959年 - )は、日本ジャーナリスト、「社会新報」編集次長[1]

来歴・活動[編集]

  • 千葉県生まれ。中央大学法学部卒業。趣味は油彩細密画[2]
  • 自社さ連立政権時、首相村山富市の官邸・公邸付き秘書を務めた。
  • 山田洋行事件普天間基地移設問題など、日米安保を巡る防衛利権構造を精力的に取材[3]。防衛利権フィクサーの海外でのマネーロンダリング疑惑についてスクープ連載記事を執筆し、東京地検特捜部による捜査の突破口を切り開いた。三菱開東閣での三菱重工業による防衛族議員への接待の現場を直撃スクープ。防衛商社山田洋行専務の宮崎元伸への逮捕直前のインタビューも注目された[4]
  • 東京電力関連で問題視される周辺人脈や企業等を取材し、原発立地などの利権に群がる政・官・業・学・報・暴の癒着構造について連載記事を執筆。東電の原発フィクサーと呼ばれる人物が2012年3月、田中の執筆した原発利権構造を暴く週刊金曜日掲載の記事[5]について、田中個人に対して6700万円の損害賠償を求める名誉毀損訴訟を起こした。この裁判は出版社を訴えず、田中個人のみを標的とした訴えで、「原発スラップ」(口封じ訴訟)という言葉も話題になった。米国のジャーナリスト保護委員会も言論妨害事件と位置づけ、田中を支援することを表明した[6]フランスNGO国境なき記者団は同年7月、このスラップを批判し、裁判の中断を東京地裁に求めるプレスリリースを発表した。また、アメリカのNGOフリーダム・ハウスもこの裁判を問題視した[7]。2013年8月、原発スラップ訴訟の原告で「東電の影」(朝日)と呼ばれた白川司郎は、田中への訴えを取り下げ、裁判は終結した。国境なき記者団は、これは田中の事実上の勝利と報じている[8]
  • ISILに殺害されたジャーナリスト・後藤健二の母親に対して報道対応などの側面で精力的にサポート[9]
  • 2015年4月2日、日本外国特派員協会で「報道の自由推進賞」の創設について、田中は元巨人軍代表清武英利と共に記者会見を行なった。同賞の審査委員に就任した[10] [11]

著書・共著・長期連載[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 週刊金曜日」2012年5月11日号「本誌ではなく執筆者を狙い撃ち 白川氏が「名誉毀損」訴え」
  2. ^ ジャーナリスト 田中稔 (@minorucchu) - Twitter
  3. ^ [1]「憂国と腐敗」
  4. ^ [2]「憂国と腐敗」
  5. ^ [3]
  6. ^ [4]「米国ジャーナリスト保護委員会CPJ」
  7. ^ Japan: Freedom of the Press 2013”. Freedom House. 2016年8月18日閲覧。
  8. ^ 国境なき記者団[5]
  9. ^ [6]IWJ
  10. ^ [7]BLOGOS
  11. ^ [8]

外部リンク[編集]