田中光四郎

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田中 光四郎(たなか こうしろう、1940年 - )は日本の武術家。

経歴[編集]

1940年福岡県田川市に生まれる。4歳より柔道、12歳より空手を始める。神奈川大学法経学部卒。1985年2月からカラシニコフAK-47、RPG- 7ロケット砲を手にアフガニスタンにおいて旧ソ連軍、親ソ政府軍と戦う。世界の多くのジャーナリスト[誰?]が"アフガンのサムライ"と報道。日本人ランボーと呼ばれる。現在、日本自由アフガニスタン協会専務理事、国際難民救済委員会事務局長、1991年不二流体術第二代宗家を継承し、2007年まで宗師をつとめる。2008年、独自の流派「日子流」を立ちあげる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『照準のなかのソ連兵 日本人ゲリラ、アフガンに死す』 ISBN 4915536041
  • 『不二流体術』 ISBN 4915906388
  • 『アフガンの侍―日本人ゲリラ、アフガニスタンに死す』 ISBN 489224774X
  • 『ケタ外れ―武侠一代』 ISBN 4903260135
  • 『一生懸命』
  • 『私の歩道 五・一五反乱将校の鎮魂譜』

外部リンク[編集]