生田敦夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

生田 敦夫(いくた あつお、1960年昭和35年)- )は、京都市生れの新古美術・文化財保存修復師、装幀製本家・近代文学研究・著述家。アトリエ・サバト館代表。雅号に「洗竹亭」「裏山鹿楼」「花折鎮鯰居士」他。

人物[編集]

父は仏文学者・生田耕作
祖父は、富山県岐阜県境の平家谷・五箇山(富山県東礪波郡五箇山(世界遺産))3村(上平村平村利賀村)の初代村長・生田長四郎の孫で、祇園の一流料理人(割烹ちとせ)。

1980年代 アフリカ・アラブ・インド・東南アジアほか国内外、第三世界を主に数年に渡り放浪。
1988年、富山県在住の日本画家・藤森茂夫(故人・高岡大仏地獄絵図作者)アトリエに寄宿師事。
1990年、京都へ戻り、第三世界からの輸入貿易を始める。
1994年、経師大入工房にて、修復・製本技術を学ぶ。
1997年、独立。新技術の開発・保存修復並びに装幀製本、数千点。
     書籍収集家としても知られる。

父・生田耕作と共に収集を続けた泉鏡花コレクションは、点数の多さとクオリティーが高く評価されている。
2004年(平成16年)に「生田コレクション」として全点、石川県金沢市の泉鏡花生家跡にある泉鏡花記念館に収まる。

尾崎紅葉と共に硯友社を立ち上げた、忘れられた明治の文豪・江見水蔭を発掘。近代文学書籍探求の第一人者・大阪浪花書林の梶原正弘(故人)と「江見水蔭特輯」を編纂、水蔭の復権を成す。

「陰翳礼賛・日本の灯について」(京都造形芸術大学春秋座)、「書籍保存における修復を考える」(奈良県立図書情報館)他、講演多数。

来歴[編集]

  • 京都文藝復興倶楽部幹事。
  • 金沢市立泉鏡花記念館、室生犀星記念館徳田秋声記念館設立に協力(1999年~2008年)。
  • 金沢市立泉鏡花記念館「生田コレクション展」開催(2002年)。
  • 泉鏡花資料全点(生田コレクション)を泉鏡花記念館に譲渡(2004年)。
  • 金沢市立泉鏡花記念館開館5周年記念「生田コレクション展」開催(2004年)。
  • 京都資料約五百点を京都造形芸術大学図書館へ譲渡(2004年)。
  • 米国 Donald H. Sheehan Gallery にて「KYOTO MEMOIRS Moon, Bridges, Geishas Along the Kamo River」特別展開催(2006年)。
  • 個展、グループ展多数。
  • ウィットマン大学(米国)美術科客員教授、文学部講師(2006年~2007年)
  • 畿央大学講師(2010年)
  • 京都造形芸術大学 講師(2006年~)
  • 京都造形芸術大学 美術工芸学科 製本装丁 プロフェッショナル研究 一般教養講師(2015年~)

親族[編集]

実母・章子は日本画家で、師は秋野不矩。
章子の父(敦夫の祖父)は、東久邇宮従の軍医・衣川幸三。

父・耕作の後妻・かをる(故人、旧姓・広政)は、生田耕作の死後「奢灞都館」の活動を最晩年まで引き継いだ。

兄・生田文夫は翻訳家・著述家。

叔父の萩原貞二郎は翻訳家。その娘(小母)の生田智恵子は出版・編集グループ「エディシオン・アルシーヴ」に関わっていた。智恵子の夫に、フランス神秘思想研究者の田中義広。

主な著作[編集]

他多数。

関連項目[編集]