「式三番」の版間の差分

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三番叟鈴之段
三番叟鈴之段

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2006年2月6日 (月) 10:38時点における版

式三番(しき-さん-ばん)とは、狂言とならんで能楽を構成する特殊な芸能の一。父尉・三番猿楽(三番叟または三番三)および風流から構成されるが、父尉・翁・三番猿楽はかならず連続して演奏されたためにこの呼名がある。現在では父尉は省略し、翁を能楽師が、三番叟を狂言師が担当する。いずれも筋立てというほどのものはなく、老体の神があらわれて天下泰平・国土安穏・五穀豊穣を祝祷する神事的な内容であり、五番立の場合には脇能に先だって、全体の祝言として演ぜられる。能楽の演目のなかでも一二を争って古い起源を持ち、独特の古態を保存している点で注目される。通常、「翁」「神歌」(素謡のとき)などの名称が行われるが、これは上記翁のみを指している点で学術的な用語としては不十分であるため、本稿では式三番の名称を用いる。なお以上のような能楽の演目から転じて、歌舞伎舞踊日本舞踊にも取入れられているほか、各地の郷土芸能・神事としても保存されており、きわめておおきな広がりを持つ芸能である。


舞台経過

現在、もっとも一般的に上演される式三番は以下のような形態をとっている。

  1. 序段
    1. 座着きの前奏によって役者が舞台に登場する。
    2. 総序の呪歌:一座の大夫が、式三番全体に対する祝言の呪歌を謡う。
  2. 翁の段
    1. 千歳之舞:翁の露払役として若者が舞う。
    2. 翁の呪歌:翁が祝言の呪歌を謡う。
    3. 翁之舞:翁が祝言の舞を舞う。
  3. 三番叟の段
    1. 揉之段:露払役の舞を三番叟自身が舞う。
    2. 三番叟の呪歌:三番叟が千歳との問答形式で祝言の呪歌を謡う。
    3. 鈴之舞:三番叟が祝言の舞を舞う。

式三番に要する役者は、翁役の大夫(シテ方)、千歳役(上掛りではシテ方、下掛りでは狂言方)、三番叟役(狂言方)、面箱持役(上掛りに限って出る。狂言方。三番叟の段で問答の相手役を勤める)、笛方、小鼓方三名、大鼓方の計九乃至八名のほかに、地謡後見などである。小鼓は三丁で連調し(シテになる小鼓方を頭取、残りの二名を脇鼓という)、大鼓は三番叟にのみ加わる。太鼓方も舞台には出るが、式三番につづいて上演される脇能から参加し、式三番そのものには加わらない。

舞台の経過は以下の通りである。一切が神事に準じて構成され、序段は神体の渡御、翁・三番叟の段はそれぞれ神の人間に対する祝福として演じられる。ゆえに面箱持もしくは千歳が翁および三番叟の面の入った面箱を持って先頭に立ち、以下翁大夫、三番叟、笛、小鼓、大鼓の諸役が順に幕から出て舞台に入る。このとき各役は常座で正面にむかって平伏の礼を行う(現在では大夫以外の礼は略されることが多い)。おのおのの役が座につくと、大夫の前に面箱を開いて置き、つづいて笛が座着きを奏する。その後、大夫役と地謡の掛合で「とうとうたらりたらりら……」という祝言の呪歌を謡う。以上の序段においては、大夫は翁(神)としてではなく、翁の神事を行う司祭としてふるまう。それゆえに直面に素の装束(大夫の着ている烏帽子狩衣は翁役の衣裳ではなく、大夫の式服ととらえることができる)で舞台に出、右の祝言の呪歌においてもあくまで神体である翁の面に奉仕する心で勤める。

序段につづいて、能楽師が中心となった翁の段が奏される。まず露払として若者の舞が行われる。これが千歳之舞である。千歳は翁に先立って淀まず、すがすがしく勤めることが肝要とされており、地謡との掛合の後、二部に分って舞を舞う(それぞれ一之舞、二之舞という)。千歳之舞のあいだに大夫は翁の面を掛ける。これによって司祭役に神が憑依し、以降は神としてふるまい、諸人に祝福を与え、祝言を祈祷するかたちをとる。千歳之舞が終ると、地謡との短い掛合を受けて、翁がみずからの祈祷する内容を舞台中央に立って朗々と謡いあげる。その内容は、天下泰平・国土安穏・五穀豊穣に加え、主人に対する千秋万歳であり、これは式三番が本来流浪の芸能者による門付芸能であった可能性を示唆するものである。さらにこれに引きつづいて、囃子の伴奏による舞事として翁之舞が舞われるが、これは拍子の踏みかたや構え、型などの面において通常の能とはまったく別種の内容を持つ独自なものである。翁之舞が済むと、翁および千歳は退出する。

翁の段につづいて、狂言師が中心となった三番叟の段が奏される。以降、囃子には大鼓が加わる。序段と翁の段において、司祭役と翁役の二役を大夫が兼ねたように、三番叟の段においては露払役(翁の千歳に相当)と三番叟役を一人の狂言師が兼ねる。三番叟役の役者は、まず直面で揉之段を舞う。これは千歳之舞と同様、淀まずさらさらと舞うことが肝要とされており、あくまで露払の舞としての格が大切にされる。翁の段との大きな違いは、三番叟の段における舞は翁や千歳のそれとことなり、具体的で写実的である点であり、揉之段は田植え撒きの様を模したものだという。揉之段が終ると、三番叟役は三番叟の面を掛けて、以降は神としてふるまう。つづいて三番叟の祝言謡が行われるが、これは翁のそれとは違って、問答の形式で行われる。問答の相手は、翁が上掛りで千歳をシテ方が行う場合には面箱持役が、下掛りで千歳を狂言方が行う場合には千歳役が相手をつとめ、いずれにしろ狂言方どうしで演ずるようになっている。問答のすえ、それでは祝言の舞を舞おうということに話が決って、三番叟は鈴を手に持って鈴之段を舞う。鈴之段も、翁之舞同様、通常の狂言には見られない特殊な型や構えを持っている。鈴之段の後、三番叟役と面箱持役もしくは千歳役は舞台を退出する。囃子方と地謡はそのまま居残って、あいだをおかずに脇能が奏される。

なお、能楽において式三番はきわめて神聖かつ重い曲として扱われており、翁、千歳、三番叟、囃子はそれぞれ習いとされている。流儀によってそれぞれに異なるが、素人・玄人ともに、女性による上演には一定の制限が加えられている(女性には許しを出さない、年齢制限を設ける等)。また上演にあたっては役者は一定の期間別火を行い(特に女性と同じ火を使うことを忌む)、当日は鏡の間に祭壇をしつらえ、舞台に上がる前に各役が盃事切火で身を清めるなど、特殊なしきたりがある(流儀によっては開演の前に舞台に切火を切ることもある)。


詞章

大夫「とうとうたらりたらりら。たらりあがりららりとう。

地謡「ちりやたらりたらりら。たらりあがりららりとう。

大夫「所千代までおはしませ。

地謡「我らも千秋さむらはう。

大夫「鶴と亀との齢にて。

地謡「幸ひ心に任せたり。

大夫「とうとうたらりたらりら。

地謡「ちりやたらりたらりら。たらりあがりららりとう。


千歳「鳴るは瀧の水。鳴るは瀧の水。日は照るとも。

地謡「絶えずとうたりありうとうとうとう。

千歳「絶えずとうたり。常にとうたり。

千歳之舞(一之舞)

千歳「君の千歳を経んことも。天津乙女の羽衣よ。鳴るは瀧の水日は照るとも。

地謡「絶えずとうたりありうとうとうとう。

千歳之舞(二之舞)


翁  「総角やとんどや。

地謡「尋ばかりや。とんどや。

翁  「坐していゐたれども。

地謡「参ろうれんげりやとんどや。

翁  「千早振る。神のひこさの昔より。久かれとぞ祝ひ。

地謡「そよやりちや。

翁  「およそ千年の鶴は。万歳楽と謡うたり。また万代の池の亀は。甲に三極を備へ たり。渚の砂。さくさくとして朝の日の色を朗じ。瀧の水。冷々として夜の月鮮やかに浮んだり。天下泰平国土安穏。今日の御祈祷なり。


翁  「ありわらや。なぞの翁ども。

地謡「あれはなぞの翁ども。そや何処の翁とうとう。

翁  「そよや。

翁之舞

翁  「千秋万歳の。喜びの舞なれば。一まひ舞はう万歳楽。

地謡「万歳楽。

翁  「万歳楽。

地謡「万歳楽。


三番叟「おおさえおおさえ。喜びありや。喜びありや。我がこのところより外へはやらじとぞ思ふ。

三番叟揉之段


三番叟「あらめでたやな。ものに心得たるあどの。あどの太夫殿に見参申さう。

面箱持「ちやうど参つて候。

三番叟「誰がお立ちにて候ぞ。

面箱持「あどと仰せ候ほどに。随分ものに心得たるあどまかり立つて候。

三番叟「ほう。

面箱持「今日の御祈祷を。千秋万歳めでたいやうに。舞うてをりそへ色の黒い尉殿。

三番叟「この色の黒い尉が。今日の御祈祷を千秋万歳めでたいやうに。舞ひおさめうずることはやすう候。あどの太夫殿には重々ともとの座敷へ御直り候へ。

面箱持「それがしもとの座敷へ直らうずることは。尉殿の舞よりもつてやすう候。まづ御舞ひ候へ。

三番叟「ただ御直り候へ。

面箱持「まづ御舞ひ候へ。

三番叟「いやただ御直り候へ。

面箱持「さあらば鈴を参らせう。

三番叟「あら様がましや候。

三番叟鈴之段