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== 概要 ==
== 概要 ==
2002年4月に岸和田市市制行80周年を記念して開館。座席数は大ホールが1,552席、小ホールが288席。公共ホールとしては珍しく、電動昇降式[[花道]]を設けているほか、[[歌舞伎]][[能]]、[[狂]]など伝統芸能、演奏会、[[コンサート]]、[[オペラ]]などにも対応できる。
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== 歴史 ==
1980年代後半の[[岸和田港|旧岸和田港]]整備計画の中で浪切ホールの設立案が浮上した。旧岸和田港の埋め立ては大阪府が整備したが、その後の開発については、岸和田市といくつかの民間企業が中心となり「岸和田港湾都市株式会社」という[[第三セクター]]会社が設立された<ref name="岩淵16-18">{{Harvnb|岩淵拓郎|2012|pp=16-18}}</ref>。その開発構想の中に、商業施設やマンションなどの居住施設に加え、文化施設も設ける案があった。
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そこで、後から「浪切ホール」と呼ばれる文化ホールの構想が持ち上がった<ref name="岩淵16-18"/>。

市内の各団体などに意見を募ると、希望する座席数が500席から2000席という意見があった。500席程度の座席数を希望するのは主に市民団体で、「市民活動に大きなホールは不要」との意見が多かった。2000席程度を希望するのは行政寄りの者で「900席の(旧)市民会館より大きい」という意見があった。最終、岸和田市議会には2000席の案が提出され、議論が紛糾した。結局間をとるような形で1500席となった<ref name="岩淵16-18"/>。

施設の規模がおおよそ決まると、その外観や行われる事業など、コンセプトについて細かく議論された。中から岸和田市が選んだのが「和」を全面に出したホール。理由としては、岸和田市には[[岸和田城]]や[[岸和田だんじり祭]]などで和のイメージが広く浸透していることが挙げられた。また、将来の[[関西国際空港]]の開港も見据え、国際的な利用も可能となる設備を設置する案も入れられた<ref name="岩淵16-18"/>。

施設の外観などが決まり[[コンペ]]が行われた。「和」を取り入れつつも、隣接するカンカンベイサイドモールのデザインが「南欧風」で決まっていたため、そちらとのバランスがとれたデザインであることも条件となった。市が指名した七社が出した設計案を建設関係者などを入れた審査会が審査し、「岸和田の歴史的伝統を木造軸組のイメージを通して表現した外観デザイン」が決め手となり[[日建設計]]の案が採択された。施設の屋根部分が[[だんじり]]の屋根の形を模しているのが特徴<ref name="岩淵16-18"/>。

そして1999年に施設の工事が始まった。開館は、岸和田市制80周年とも重なる2002年4月に決定された。また、工事に平行して施設の名称募集も進められ、「浪切ホール」に決定した。これは、隣接する[[浪切神社 (岸和田市)|浪切神社]]にちなみつけられたものであるが、同時に波浪を静め未来を切り開く希望も込められた<ref name="岩淵19-21">{{Harvnb|岩淵拓郎|2012|pp=19-21}}</ref><ref name="ホール紹介">{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/index.html|title=ホール紹介|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-13}}</ref>。

施設がほぼ決定したところで、運営や事業の具体的な内容について討議された。「浪切ホールほどの規模の集客施設に
なると、市の直営では難しい」との意見が多かった。そこで出たのが、多くの公共ホールが採用している文化財団による連営方式だ。市の直営では、予算の都合上、1年以上先になる大物アーティストの公演や継続的に実施するイベントなど、大型ホールに望まれる大きな事業がやりにくいのだ。しかし、財団では施設のトラブルなど思わぬ出費にも自分の判断でお金が出せるので、臨時予算を議会に通す必要があり対応に時間がかかる市の直営より有利だからである<ref name="岩淵19-21"/>。

そうして市が2000年4月に、基本財産の3億円を出資し「財団法人岸和田市文化財団」が設立され、[[大阪府教育委員会]]に財団法人設立許可申請を出して、5月には許可が下りた。そして6月には、浪切ホールの運営を財団に管理委託することなどが規定された「岸和田市浪切ホール条例」が制定された<ref name="岩淵19-21"/>。

そして2004年4月4日に浪切ホールは入場無料の開館式典が行われ、開館した<ref name="岩淵24">{{Harvnb|岩淵拓郎|2012|p=24}}</ref>。

財団はホールと隣接する駐車場を運営、管理する[[指定管理者]]だったが、[[2011年]][[4月]]から財団が指定管理者の期限切れになるため、[[2010年]][[7月]]から新たな指定管理者の応募を開始した。応募したのは財団に加え他の2社で、競合する形となった。審査の結果、全ての項目で最も高い点数がついた[[JTB]]・南海グループ(代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が選ばれた。同年[[10月16日]]の市議会で2011年4月から5年間ホールと隣接する駐車場の指定管理者となることが議決された。これにより財団は2011年4月でホールから撤退することとなった<ref name="岩淵47-48"/>。

その5年後の[[2016年]][[4月]]で[[JTB]]・[[南海グループ]]は指定管理者の期限切れとなるため、新たに審査が行われた。審査の結果、南海・[[テレビ岸和田|TVK]]グループが選ばれた。市議会で、ホールと隣接する駐車場の新たな指定管理者となることが議決され、JTB・南海グループはホールと隣接する駐車場から撤退した。

=== 年表 ===
* [[1980年代]]後半 - 旧岸和田港の再開発計画の中で文化施設の案が浮上する<ref name="岩淵16-18"/>
* [[1999年]] - 着工<ref name="岩淵19-21"/>
* [[2001年]] - 竣工<ref name="岩淵19-21"/>
* [[2002年]][[4月4日]] - 開館<ref name="岩淵24"/>
* [[2011年]][[4月]] - 文化財団に代わり、[[JTB]]・[[南海グループ]](代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が期限5年で[[指定管理者]]に就く<ref name="岩淵47-48"/>
* [[2016年]][[4月]] - [[JTB]]・南海グループに代わり、南海・[[テレビ岸和田|TVK]]グループ(代表企業、南海ビルサービス株式会社)が指定管理者となる


==施設 ==
==施設 ==
* [[#大ホール|大ホール]] - 552席<ref name="大ホール"/>
** 楽屋 - 舞台裏<ref name="楽屋">{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/gakuya.html|title=楽屋|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref>

; 小ホール
: 全288席の小劇場。16列の昇降式床でステージ構成を変更することが可能。ファッションショーなどの多様な催しができる<ref name="小ホール">{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/shou.html|title=小ホール|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref>。
: また、舞台裏には楽屋があり、7は定員2名、8と9は定員12名となっている<ref name="楽屋"/>。


; 多目的ホール
: 個展や展示会の開催を考えられて設計されている。広さは248m<sup>2</sup>で、祭りの広場との一体利用も可能となっている<ref>{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/tamokuteki.html|title=多目的ホール(1F)|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref><ref name="施設"/>。

; 祭りの広場
: 960[[平方メートル|m<sup>2</sup>]]の広さの屋外イベント用のスペース。ホール4階部分になる大屋根が広場全体を多い、よほどの天気でない限りは雨をしのげる。100インチの大型映像装置も備えている<ref>{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/matsuri.html|title=祭りの広場(1F)|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref><ref name="施設">{{Harvnb|岩淵拓郎|2012|pp=26-28}}</ref>。

; 特別会議室
: 円卓形式で52名、教室形式で240名が定員の会議室<ref>{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/tokubetsu.html|title=特別会議室(4F)|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref>。150[[インチ]]の大型映像装置や応接室、5言語同時通訳用のブースもある<ref name="施設"/>。

; その他の施設
* レストラン
* 会議室
* 研修室
* 食の交流室
* 和室
* 練習室
* スタジオ

===大ホール ===
===大ホール ===
[[ファイル:Namikiri Hall Kishiwada Osaka pref Japan04s3.jpg|thumb|大ホール入口]]
日本の伝統芸能鑑賞を前提として設計された座席数1552席の多機能ホール。電動昇降式の本花道の他、本仕上げの壁や[[桟敷]]席、古典芸能を意識した天井意匠などが特徴。[[日本舞踊]]や歌舞伎をはじめとする古典芸能をはじめ、演劇、[[バレエ]]、[[ロック (音楽)|ロック]]コンサート、[[コンベンション]]など幅広く対応する。
日本の伝統芸能鑑賞を前提として設計された座席数1552席の多機能ホール。舞台の脇から役者が出入りする「[[花道|脇花道]]」ではなく客席の真ん中を通る花道は電動昇降式。また、演劇や[[ロック (音楽)|ロック]]コンサートなどにも対応している<ref name="大ホール">{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/hall/dai.html|title=大ホール|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref><ref name="施設"/>。
===小ホール ===

全288席の小劇場。全16列の昇降式床を備え、舞台と客席を自由に組み上げることが可能。主に小中規模の演劇、[[室内楽]]、[[ダンス]]、[[ファッションショー]]等に使用されている。
また、舞台裏には楽屋があり、1-2は定員4名、3-4は定員8名、5-6は定員12名となっている<ref name="楽屋"/>。


==管理・運営 ==
==管理・運営 ==
開館より岸和田市によって設立された財団法人岸和田市文化財団によって管理・運営が行われてきたが、いわゆる[[指定管理者制度]]に則るかたちで行われた選定コンペによって、平成23より[[JTB]]・南海グループ(代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が指定管理者交代している<ref>財団法人岸和田市文化財団『岸和田市文化財団ドキュメントブック 浪切ホール 2002-2010 いま、ここ、から考える地域のこと 文化のこと』 水曜社、2012</ref>
開館より岸和田市によって設立された財団法人岸和田市文化財団によって管理・運営が行われてきたが、いわゆる[[指定管理者制度]]に則るかたちで行われた選定コンペによって、20114月より[[JTB]]・南海グループ(代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が指定管理者交代している<ref name="岩淵47-48">{{Harvnb|岩淵拓郎|2012|p=47-48}}</ref>


平成27からは南海・[[テレビ岸和田|TVK]]グループ(代表企業、南海ビルサービス株式会社)に指定管理者が交代した<ref>[https://namikiri.jp/policy/index.html プライバシーポリシー(個人情報の取り扱いについて)] - 浪切ホール</ref>。
20154月からは南海・[[テレビ岸和田|TVK]]グループ(代表企業、南海ビルサービス株式会社)に指定管理者が交代した<ref>{{cite web|url=https://namikiri.jp/policy/index.html|title=プライバシーポリシー(個人情報の取り扱いについて)|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-13}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.city.kishiwada.osaka.jp/uploaded/attachment/34979.pdf|title=岸和田市指定管理者審査委員会 審査結果|publisher=岸和田市|format=PDF|accessdate=2017-05-14}}</ref>。

== 浪切友の会 ==
入会すると「浪切友の会 会員証」がもらえ、ホールの公演情報誌が送られてくるほか、周辺のホテルが割引になるなどの特典がある<ref>{{Cite web|date=|url=https://namikiri.jp/tomo/index.html|title=浪切友の会|publisher=浪切ホール|accessdate=2017-05-14}}</ref>。2001年に会員の募集が開始され、その時には個人会員で546名、ペア会員で1865組もの応募があった<ref name="岩淵19-21"/>。


== 所在地・交通アクセス ==
== 所在地・交通アクセス ==
*〒596-0014 大阪府岸和田市港緑町1-1
* 〒596-0014 大阪府岸和田市港緑町1-1
**[[南海本線]] [[岸和田駅]]から徒歩12分
** [[南海本線]] [[岸和田駅]]から徒歩12分
** 地域巡回バス [[ローズバス]]停留所港緑町より徒歩
**[[大阪府道29号大阪臨海線|府道大阪臨海線]] 大北町北交差点すぐ (並松町交差点または大北町西交差点付近に駐車場あり)
** [[大阪府道29号大阪臨海線|府道大阪臨海線]] 大北町北交差点すぐ (並松町交差点または大北町西交差点付近に駐車場あり)


== 周辺 ==
== 周辺 ==
*[[岸和田港]]
* [[岸和田港]]
*[[岸和田カンカンベイサイドモール]]
* [[岸和田カンカンベイサイドモール]]


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== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author=岩淵拓郎|coauthors=吉永美和子など|year=2012|title=岸和田市文化財団ドキュメントブック 浪切ホール 2002-2010 いま、ここ、から考える地域のこと 文化のこと|publisher=水曜社|isbn=978-4-88065-285-6|ref=harv}}


== 外部リンク ==
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2017年5月17日 (水) 07:02時点における版

岸和田市立浪切ホール
Kishiwada Namikiri Hall
浪切ホール
情報
通称 浪切ホール
正式名称 岸和田市立浪切ホール
完成 2001年
開館 2002年4月4日
客席数 大ホール:1,552
小ホール:288[1]
設備 多目的ホール、交流ホール、祭りの広場、会議室、研修室ほなど
用途 各種催し
運営 南海・TVKグループ
所在地 596-0014
大阪府岸和田市港緑町1丁目1番地[2]
位置 北緯34度27分58.2秒 東経135度22分11.1秒 / 北緯34.466167度 東経135.369750度 / 34.466167; 135.369750座標: 北緯34度27分58.2秒 東経135度22分11.1秒 / 北緯34.466167度 東経135.369750度 / 34.466167; 135.369750
アクセス 南海本線岸和田駅から徒歩12分
外部リンク http://namikiri.jp/
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エントランスホール

岸和田市立浪切ホール(きしわだしりつなみきりホール)は、大阪府岸和田市にある多目的ホール。2002年4月に岸和田市市制施行80周年に合わせて開館した[3][4]

概要

施設は大ホールが1,552席[5]、小ホールが288席[6]のほか、祭りの広場や多目的ホール、複数言語の同時翻訳に対応した特別会議室、練習室などがある[7]

名称である浪切ホールの「浪切」は「波浪を静め未来を切り開く希望」が込められている[3][7]

歴史

1980年代後半の旧岸和田港整備計画の中で浪切ホールの設立案が浮上した。旧岸和田港の埋め立ては大阪府が整備したが、その後の開発については、岸和田市といくつかの民間企業が中心となり「岸和田港湾都市株式会社」という第三セクター会社が設立された[8]。その開発構想の中に、商業施設やマンションなどの居住施設に加え、文化施設も設ける案があった。

再開発計画の中で、商業だけではダメではないかという意見が出てきて、文化的な施設を入れようという話になったんです。そのため、ちょうど岸和田市の市民会館が老朽化していたので、市民会館の代替機能を持つ文化ホールを作っていこうということになりました — 当時の市の担当職員、岸和田市文化財団ドキュメントブック 浪切ホール 2002-2010 いま、ここ、から考える地域のこと 文化のこと

そこで、後から「浪切ホール」と呼ばれる文化ホールの構想が持ち上がった[8]

市内の各団体などに意見を募ると、希望する座席数が500席から2000席という意見があった。500席程度の座席数を希望するのは主に市民団体で、「市民活動に大きなホールは不要」との意見が多かった。2000席程度を希望するのは行政寄りの者で「900席の(旧)市民会館より大きい」という意見があった。最終、岸和田市議会には2000席の案が提出され、議論が紛糾した。結局間をとるような形で1500席となった[8]

施設の規模がおおよそ決まると、その外観や行われる事業など、コンセプトについて細かく議論された。中から岸和田市が選んだのが「和」を全面に出したホール。理由としては、岸和田市には岸和田城岸和田だんじり祭などで和のイメージが広く浸透していることが挙げられた。また、将来の関西国際空港の開港も見据え、国際的な利用も可能となる設備を設置する案も入れられた[8]

施設の外観などが決まりコンペが行われた。「和」を取り入れつつも、隣接するカンカンベイサイドモールのデザインが「南欧風」で決まっていたため、そちらとのバランスがとれたデザインであることも条件となった。市が指名した七社が出した設計案を建設関係者などを入れた審査会が審査し、「岸和田の歴史的伝統を木造軸組のイメージを通して表現した外観デザイン」が決め手となり日建設計の案が採択された。施設の屋根部分がだんじりの屋根の形を模しているのが特徴[8]

そして1999年に施設の工事が始まった。開館は、岸和田市制80周年とも重なる2002年4月に決定された。また、工事に平行して施設の名称募集も進められ、「浪切ホール」に決定した。これは、隣接する浪切神社にちなみつけられたものであるが、同時に波浪を静め未来を切り開く希望も込められた[3][7]

施設がほぼ決定したところで、運営や事業の具体的な内容について討議された。「浪切ホールほどの規模の集客施設に なると、市の直営では難しい」との意見が多かった。そこで出たのが、多くの公共ホールが採用している文化財団による連営方式だ。市の直営では、予算の都合上、1年以上先になる大物アーティストの公演や継続的に実施するイベントなど、大型ホールに望まれる大きな事業がやりにくいのだ。しかし、財団では施設のトラブルなど思わぬ出費にも自分の判断でお金が出せるので、臨時予算を議会に通す必要があり対応に時間がかかる市の直営より有利だからである[3]

そうして市が2000年4月に、基本財産の3億円を出資し「財団法人岸和田市文化財団」が設立され、大阪府教育委員会に財団法人設立許可申請を出して、5月には許可が下りた。そして6月には、浪切ホールの運営を財団に管理委託することなどが規定された「岸和田市浪切ホール条例」が制定された[3]

そして2004年4月4日に浪切ホールは入場無料の開館式典が行われ、開館した[4]

財団はホールと隣接する駐車場を運営、管理する指定管理者だったが、2011年4月から財団が指定管理者の期限切れになるため、2010年7月から新たな指定管理者の応募を開始した。応募したのは財団に加え他の2社で、競合する形となった。審査の結果、全ての項目で最も高い点数がついたJTB・南海グループ(代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が選ばれた。同年10月16日の市議会で2011年4月から5年間ホールと隣接する駐車場の指定管理者となることが議決された。これにより財団は2011年4月でホールから撤退することとなった[9]

その5年後の2016年4月JTB南海グループは指定管理者の期限切れとなるため、新たに審査が行われた。審査の結果、南海・TVKグループが選ばれた。市議会で、ホールと隣接する駐車場の新たな指定管理者となることが議決され、JTB・南海グループはホールと隣接する駐車場から撤退した。

年表

施設

小ホール
全288席の小劇場。16列の昇降式床でステージ構成を変更することが可能。ファッションショーなどの多様な催しができる[6]
また、舞台裏には楽屋があり、7は定員2名、8と9は定員12名となっている[10]


多目的ホール
個展や展示会の開催を考えられて設計されている。広さは248m2で、祭りの広場との一体利用も可能となっている[11][1]
祭りの広場
960m2の広さの屋外イベント用のスペース。ホール4階部分になる大屋根が広場全体を多い、よほどの天気でない限りは雨をしのげる。100インチの大型映像装置も備えている[12][1]
特別会議室
円卓形式で52名、教室形式で240名が定員の会議室[13]。150インチの大型映像装置や応接室、5言語同時通訳用のブースもある[1]
その他の施設
  • レストラン
  • 会議室
  • 研修室
  • 食の交流室
  • 和室
  • 練習室
  • スタジオ

大ホール

大ホール入口

日本の伝統芸能鑑賞を前提として設計された座席数1552席の多機能ホール。舞台の脇から役者が出入りする「脇花道」ではなく客席の真ん中を通る花道は電動昇降式。また、演劇やロックコンサートなどにも対応している[5][1]

また、舞台裏には楽屋があり、1-2は定員4名、3-4は定員8名、5-6は定員12名となっている[10]

管理・運営

開館より岸和田市によって設立された財団法人岸和田市文化財団によって管理・運営が行われてきたが、いわゆる指定管理者制度に則るかたちで行われた選定コンペによって、2011年4月よりJTB・南海グループ(代表企業、株式会社JTBコミュニケーションズ)が指定管理者に交代している[9]

2015年4月からは南海・TVKグループ(代表企業、南海ビルサービス株式会社)に指定管理者が交代した[14][15]

浪切友の会

入会すると「浪切友の会 会員証」がもらえ、ホールの公演情報誌が送られてくるほか、周辺のホテルが割引になるなどの特典がある[16]。2001年に会員の募集が開始され、その時には個人会員で546名、ペア会員で1865組もの応募があった[3]

所在地・交通アクセス

周辺

脚注

  1. ^ a b c d e 岩淵拓郎 2012, pp. 26–28
  2. ^ 岸和田市立浪切ホール条例”. 岸和田市. 2017年5月17日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 岩淵拓郎 2012, pp. 19–21
  4. ^ a b c 岩淵拓郎 2012, p. 24
  5. ^ a b c 大ホール”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  6. ^ a b 小ホール”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  7. ^ a b c ホール紹介”. 浪切ホール. 2017年5月13日閲覧。
  8. ^ a b c d e f 岩淵拓郎 2012, pp. 16–18
  9. ^ a b c 岩淵拓郎 2012, p. 47-48
  10. ^ a b c 楽屋”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  11. ^ 多目的ホール(1F)”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  12. ^ 祭りの広場(1F)”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  13. ^ 特別会議室(4F)”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。
  14. ^ プライバシーポリシー(個人情報の取り扱いについて)”. 浪切ホール. 2017年5月13日閲覧。
  15. ^ 岸和田市指定管理者審査委員会 審査結果” (PDF). 岸和田市. 2017年5月14日閲覧。
  16. ^ 浪切友の会”. 浪切ホール. 2017年5月14日閲覧。

参考文献

  • 岩淵拓郎、吉永美和子など『岸和田市文化財団ドキュメントブック 浪切ホール 2002-2010 いま、ここ、から考える地域のこと 文化のこと』水曜社、2012年。ISBN 978-4-88065-285-6 

外部リンク