片桐貞信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

片桐 貞信(かたぎり さだのぶ、享和2年5月30日1802年6月29日) - 嘉永元年11月7日1848年12月2日))は、大和国小泉藩の第8代藩主。

第7代藩主片桐貞彰の長男。正室は亀井矩賢の養女(亀井矩貞の娘)。子は片桐貞中(長男)、片桐貞照(次男)、娘(大村純煕正室)、娘(亀井茲福正室)、娘(片桐貞篤正室)、娘(織田信及正室)。通称は輔五郎。官位は従五位下、石見守。

文化12年(1815年)8月15日、将軍徳川家斉御目見する。同年9月21日、父貞彰の隠居により、家督を相続する。同年12月16日、従五位下石見守に叙任する。文政11年(1828年)3月15日、大番頭に就任する。文政13年閏3月、病気を理由に大番頭を辞職する。遜斎と号して茶人となるが、才に恵まれ、石州流中興の祖と称された。天保12年(1841年)9月21日、家督を長男の貞中に譲って隠居し、嘉永元年(1848年)11月7日に47歳で死去した。