片岡鉄哉

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片岡 鉄哉 (かたおか てつや、1933年 - 2007年12月26日)は、日本政治学者評論家

経歴・人物[編集]

栃木県生まれ。1955年早稲田大学政治経済学部卒業。シカゴ大学大学院政治学部修士・博士課程を経て、1967年博士号を取得。(Ph.D.政治学)。シカゴ大ではハンス・モーゲンソーハンナ・アーレントレオ・シュトラウスらに師事。[1]

1969年ニューヨーク州立大学政治学部助教授、1982年筑波大学歴史・人類学系教授、1984年ウッドロー・ウィルソン国際学術センター研究員を歴任。1985年から2001年までスタンフォード大学フーバー研究所研究員を務める。

日米関係・戦後日本政治史を研究対象とし、70年代末より時事評論を始める。日本国憲法吉田ドクトリンなどに代表されるアメリカによる戦後「永久占領」体制を打破すべきとし、米中の二大国関係のはざまにある日本が、ゴーリスト的な自立国家となるべきことを、英文著作などで主張。そのためには自主憲法の制定と核武装が必要であると説いた。

オピニオン誌などへの寄稿の際は「元スタンフォード大学フーバー研究所研究員」で、英字での発表では「UPI通信社客員論説委員」(UPI Outside View Commentator)の肩書きを使用することが多かった。有料メール配信である「アメリカ通信」を運営し、死の直前まで継続していた。

国際結婚し娘のDrue Kataokaは墨絵画家。

著作[編集]

単著[編集]

  • Waiting for a "Pearl Harbor": Japan Debates Defense, (Hoover Institution Press, 1981).
『“黒船待ち”の日本――ゴーリズム国家をめざして』(日本教文社, 1982年)
  • The Price of a Constitution: the Origin of Japan's Postwar Politics, (Crane Russak, 1991). 
『さらば吉田茂――虚構なき戦後政治史』(文藝春秋, 1992年)
  • 『日本は「政治大国」になれる――“吉田ドクトリン”からの脱却』(PHP研究所, 1992年)
  • 『退場するアメリカ――新・孤立主義と日本の危機』(PHP研究所, 1995年)
  • The Truth About the Japanese "Threat": Misperceptions of the Sam Huntington Thesis , (Hoover Institution Press, 1995).
  • China's Transitions to Markets, (Hoover Institution Press, 1995).
  • 『日本永久占領――日米関係、隠された真実』(講談社+α文庫, 1999年)、「さらば吉田茂」を増訂
  • 『核武装なき「改憲」は国を滅ぼす』(ビジネス社, 2006年)

共著[編集]

  • Defending an Economic Superpower: Reassessing the U.S.-Japan Security Alliance, with Ramon H. Myers, (Westview Press, 1989).

編著[編集]

  • Creating Single-Party Democracy: Japan's Postwar Political System, (Hoover Institution Press, 1992).

脚注[編集]

  1. ^ 片岡鉄哉のアメリカ通信 - アメリカ議会図書館からの手紙 2013年7月24日閲覧

外部リンク[編集]