横田香苗
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横田 香苗(よこた かなえ、1845年9月22日(弘化2年8月21日[1]) - 1912年(大正元年)10月18日[2])は、明治時代の賞勲局官僚。賞勲局副総裁。錦鶏間祗候。
経歴
[編集]彦根藩士の横田俊輔の二男として近江国犬上郡彦根城下(滋賀県彦根市)に生まれ、のち横田和四郎の養子となる[1]。内閣賞勲局に奉職し、同書記官を務めた[1]。1898年(明治31年)10月、賞勲局副総裁に就任し[3]、1912年(明治45年)5月24日[4]、錦鶏間祗候を仰せ付けられた[5]。墓所は青山霊園。
著作
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 人事興信所 1903, 426頁.
- ^ 『官報』第68号「彙報」大正元年10月22日。
- ^ 『賞勲局書記官従四位勲三等横田香苗任賞勲局副総裁ノ件』 - 国立公文書館デジタルアーカイブ、明治31年10月18日。
- ^ 『官報』第8678号、明治45年5月25日。
- ^ 『正四位横田香苗特ニ錦鶏間祗候被仰付様宮内大臣ヘ照会ノ件』 - 国立公文書館デジタルアーカイブ、明治45年5月23日。
参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年 。