楠本加美野

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楠本 加美野(くすもと かみの、1922年 - )は、日本宗教家生長の家長老。元宝蔵神社宮司

経歴[編集]

1922年千葉県に生まれる。高等小学校卒業後、鉄道省官房研究所に就職し、夜は私立高輪工業学校に通学する生活を送る。1938年に生長の家に入信。1952年に生長の家職員となる。1973年には谷口雅春の論文から「人間神の子・罪なし」の真理を分類し編纂した『人類無罪宣言』の編集を行ったり[1]、生長の家の本部直轄道場で練成会を担当するなど、生長の家の伝道で積極的に活躍した。1983年には生長の家の理事として大韓民国を訪問し、まだ組織化されていなかった韓国の信徒ら相手に講演を行う[2]1985年から生長の家宇治別格本山総務。[3]

2014年生長の家総本山に転勤[4]。なお、その時の総本山総務である楠本行孝は長男で、次男の楠本忠正も生長の家職員である[5]。現在では高齢のため体調不良が伝えられているが、2016年6月には長男の行孝に車いすを押されて総本山で信徒の前に姿を現わし[6]10月には生長の家青年会会員とも面会する[7]などしている。

人物[編集]

自身の経験から親孝行の重要性を説き、信徒からは「親孝行の神様」と言われる。また、水子供養に関する信徒への指導でも知られる。

生長の家本流運動には否定的で、「総裁の説く御教えが神意である、と考えて運動しなければいけない」と発言して生長の家総裁である谷口雅宣を積極的に支持する発言を行う[8]など、教団を擁護する言動を繰り返しており、現在も教団に在籍している。

影響[編集]

楠本の弟子は生長の家関係者に留まらず、宝蔵神社と関係の深いエステティシャン河村京子[9][10]、いのちを守る親の会理事長の大熊良樹らがいる。

著書[編集]

  • 『父母の愛を求めて』日本教文社、1975年
  • 『伝道物語』日本教文社、1978年
  • 『流産児よやすらかに―親と子の運命を支配する流産児供養』日本教文社、1984年
  • 『よろこびの先祖供養』日本教文社、1991年

脚注[編集]

  1. ^ 谷口雅春著・楠本加美野編『人類無罪宣言』日本教文社
  2. ^ 金海龍『光明一念: 韓国光明化に半生を捧げて』日本教文社
  3. ^ 感謝を込めた先祖供養が運命好転と繁栄の鍵
  4. ^ 楠本加美野長老の歓迎会
  5. ^ 素晴らしい楠本先生御一家
  6. ^ 「願いを持って光明化運動を推進する」
  7. ^ 楠本加美野先生ご近況
  8. ^ 第370回生長の家総本山団体参拝練成会に参加
  9. ^ 宝蔵神社 平成31年3月第18回神性開発宇治 女性のための練成会プログラム
  10. ^ 嫌いだった亡き母との和解(河村の勧めで宝蔵神社の行事に参加した、河村の会社の店長の体験)

関連項目[編集]