妙徳山古墳
表示
(東新田古墳から転送)
妙徳山古墳 | |
---|---|
石室開口部 | |
所在地 | 兵庫県神崎郡福崎町東田原1891-1(字妙徳山) |
位置 | 北緯34度57分35.70秒 東経134度46分19.80秒 / 北緯34.9599167度 東経134.7721667度座標: 北緯34度57分35.70秒 東経134度46分19.80秒 / 北緯34.9599167度 東経134.7721667度 |
形状 | 円墳 |
規模 |
直径35m 高さ6m |
埋葬施設 | 片袖式横穴式石室 |
出土品 | 刀子・須恵器片 |
築造時期 | 6世紀末 |
史跡 | 兵庫県指定史跡「妙徳山古墳」 |
地図 |
妙徳山古墳(みょうとくさんこふん)は、兵庫県神崎郡福崎町東田原にある古墳。形状は円墳。兵庫県指定史跡に指定されている。
概要
[編集]兵庫県南部、市川東岸の妙徳山山麓に築造された古墳である。現在は妙徳山神積寺のそばに位置する。これまでに発掘調査は実施されていない。
墳形は円形で、直径35メートル・高さ6メートル以上を測る[1]。墳丘は2段築成[2]。埋葬施設は片袖式の横穴式石室で、南方向に開口する。石室全長12.4メートルを測る大型石室であり、石室の石材には巨石が使用される。石室内からは刀子・須恵器片が採集されている[1]。
築造時期は、古墳時代後期の6世紀末頃と推定される[1]。石室は神崎郡域では最大級の規模であり、神崎郡・市川流域における代表的な古墳として注目される古墳になる[1]。
古墳域は2020年(令和2年)に兵庫県指定史跡に指定されている[3]。
遺跡歴
[編集]埋葬施設
[編集]埋葬施設としては片袖式横穴式石室が構築されており、南方向に開口する。石室の規模は次の通り[2][1]。
- 石室全長:12.4メートル
- 玄室:長さ6メートル、現在高さ約3.2メートル
- 羨道:長さ約6.4メートル、現在高さ約2.4メートル
石室内には土砂が流れ込んでいるため、石室の正確な高さは明らかでない[1]。玄門には柱石を立てる[4]。
-
玄室(奥壁方向)
-
玄室(奥壁方向)
-
玄室(羨道方向)
-
玄室(羨道方向)
-
羨道(開口部方向)
-
羨道(玄室方向)
-
墳丘
周辺
[編集]- 東広畑古墳(福崎町西田原字東広畑)
- 東新田古墳(福崎町西田原字東新田)
-
東広畑古墳 墳丘・石室開口部
-
東広畑古墳 石室内部
奥に石棺。 -
東新田古墳 墳丘・石室
-
東新田古墳 石室
文化財
[編集]兵庫県指定文化財
[編集]- 史跡
- 妙徳山古墳 - 所有者は神積寺。2020年(令和2年)3月13日指定[3]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 史跡説明板。
- ^ a b 妙徳山古墳(県指定史跡)(福崎町ホームページ)。
- ^ a b c 令和2年3月13日兵庫県公報 (PDF) より兵庫県教育委員会告示第2号(リンクは兵庫県ホームページ)。
- ^ 妙徳山古墳(平凡社) 1999.
- ^ 東広畑古墳(町指定史跡)(福崎町ホームページ)。
- ^ 東広畑古墳 史跡説明板。
- ^ 東新田古墳(町指定史跡)(福崎町ホームページ)。
- ^ 東新田古墳 史跡説明板。
参考文献
[編集](記事執筆に使用した文献)
関連文献
[編集](記事執筆に使用していない関連文献)
- 『東広畑古墳1』福崎町教育委員会〈福崎町埋蔵文化財調査報告書13〉、2015年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 妙徳山古墳(県指定史跡) - 福崎町ホームページ