月讀神社 (壱岐市)

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月讀神社
月読神社
所在地 長崎県壱岐市芦辺町国分東触464
位置 北緯33度47分58.69秒
東経129度43分25.35秒
座標: 北緯33度47分58.69秒 東経129度43分25.35秒
主祭神 月夜見命
月弓命
月読命
社格 式内大社(名神大)論社・旧無格社
創建 不明
例祭 10月23日
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月讀神社(つきよみじんじゃ)は、長崎県壱岐市芦辺町国分東触に鎮座する神社である。橘三喜により延喜式内社名神大社)と査定されたが疑わしい。

祭神[編集]

月夜見命、月弓命、月読命の3柱を祀るがいずれも同神である。古くは「山の神」と称されていた。

歴史[編集]

延宝以前の由緒来歴は不明。延宝4年(1676年)に平戸藩の命を受けて壱岐島の式内社の調査を行った橘三喜が当神社を式内名神大社の「月読神社」に比定し、同年6月1日に藩主松浦鎮信により石祠と神体として木鏡1面が奉納され、以後しばらくは式内社とされたが、それ以前は特段の祭祀設備もなく単に「山の神」と称されるのみであった。三喜が式内社と認定したのは鎮座地が「清月(きよつき)」と呼ばれていたからであったが、別に「ふかつき」とも呼ばれており、その語源は「ふかふち」であると見られるので[1]、この三喜の判断には疑問が持たれている。

神功皇后三韓征伐の際に腹に当てて出産を遅らせたとされる石、月延石の内一つが奉納されているとされるが、現在所在が分からなくなっている。古来はかなりの社格を持った神社だとされているが、長い間忘れ去られていて現在氏子など地元住民や島外の崇敬者によって、社殿などの整備が行われている最中である。社殿は木々に覆われていて、昼なお暗く月の神を祀る神社らしい風情がある。

なお、壱岐島の月読神社に関しては、『日本書紀顕宗天皇紀に、同天皇3年(西暦487年)、阿閉臣事代が任那に使いに出された時、壱岐島で月神が憑りついて宣託をしたので天皇に奏上し、壱岐島から月神を勧請して山城国葛野郡歌荒樔田の地に葛野坐月読神社を創建したとあり[2]、その元宮とされる(詳しくは「八幡神社 (壱岐市芦辺町箱崎釘ノ尾触)」参照)。

脚注[編集]

  1. ^ 『壱岐国神社記』。
  2. ^ 顕宗天皇3年2月丁巳朔条。

参考文献[編集]

  • 『式内社調査報告』第24巻西海道、皇學館大學出版部、昭和53年