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日本晴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本晴(にっぽんばれ[1]学名Oryza sativa L. cv. Nipponbare)は、イネの栽培品種である。

歴史

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1963年(昭和38年)、愛知県安城市池浦町にある愛知県農業試験場で開発・育成された[2]幸風(中新110号)とヤマビコ(東海7号)の交配による[2]

1970年(昭和45年)から1978年(昭和53年)までの間、日本全国の作付面積の第1位を占めたが、コシヒカリの誕生を機に作付けは減少の一途をたどっている。21世紀以降の主要産地は、滋賀県(2009年度の近江米総作付面積の13.0パーセント[3])を筆頭として鳥取県和歌山県などである。

名称

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その名は、熟色が極めて鮮麗である特性と、世代促進による育成種第1号であることを記念しての命名であるが、これは、早生には「晴」、中生には「風」という共通名を付ける考え方があった開発当時の通例に沿ったものであった[2]

品種特性

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平地部での栽培に向く。早晩性は晩生に属する。耐倒伏性が強く、多収性であるため、栽培が容易な部類に入る。食味は良であり、中の上に区分される。

ジャポニカ種に分類される一種で、粳米(うるちまい)の一種。日本栽培種の一つ[4]。暖地向き水稲品種[5]。昭和後期の日本で最も多く栽培された品種であり、日本における有名銘柄米の一つ。

利用

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あまり粘らず、食感が軽いため、チャーハンピラフに適している[6]。粘りが弱く程よい硬さは、寿司米としても好適であり、越前たけふ農業協同組合が「日本晴復活プロジェクト」を立ち上げて外食向け需要を開拓しているような例もある[7]。また、酒造好適米には分類されないものの、広義の酒米として酒造用にもよく用いられる。日本穀物検定協会では基準米として滋賀県野洲市の日本晴を採用している[8]

日本におけるイネゲノム・プロジェクトでイネのゲノム解読に使われた品種としても知られる[9]

脚注

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  1. ^ 「ササニシキ」「日本晴(にっぽんばれ、と読みます)」の人気が落ちていった理由と、今の品種が作られるようになった理由を教えてください。 山形県農業総合研究センター水田農業試験場(2020年2月15日閲覧)
  2. ^ a b c 日本晴(早植栽培・早生)”. (公式ウェブサイト). 一般財団法人 日本穀物検定協会. 2012年12月8日閲覧。
  3. ^ 「近江米」の紹介”. (公式ウェブサイト). 滋賀県. 2012年12月8日閲覧。
  4. ^ 寒冷地で湛水土中に播種された水稲の初期生育に関連した品種特性の評価” (PDF). (公式ウェブサイト). 中央農業総合研究センター、ほか (2012年10月17日). 2012年12月9日閲覧。
  5. ^ ” (PDF). 農林水産省 品種登録ホームページ(公式ウェブサイト). 農林水産省 (2012年4月). 2012年12月9日閲覧。
  6. ^ 用途に合わせたお米選び 静岡県農芸振興課水田農業班 (2020年2月15日閲覧)
  7. ^ 【食材ノート】コメ「日本晴」復活 福井の農協挑む/「すしに最適」販路広げる『日経MJ』2019年11月18日(フード面)
  8. ^ 基準米としての事例 : 長崎県における水稲良食味品種の選定経過とその特性 - 長崎県総合農林試験場研究報告(農林部門)第25号” (PDF). (公式ウェブサイト). 長崎県総合農林試験場 (1999年). 2012年12月9日閲覧。
  9. ^ 「コシヒカリ」の全ゲノム塩基配列解読”. (公式ウェブサイト). 独立行政法人 農業生物資源研究所 (2010年). 2012年12月9日閲覧。

外部リンク

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