日向の綱引き行事

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運河に飛び込む男性
日向橋東詰の様子

日向の綱引き行事(ひるがのつなひきぎょうじ)は、福井県三方郡美浜町日向にて毎年1月におこなわれ、17世紀初頭から続く、豊漁を祈願する神事である。男衆が橋から運河に飛び込み、水面に浮かべられたわらでできた大綱を引き合うことから、一般には「水中綱引き」と呼ばれている。1980年12月12日に国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に指定されている[1]

概要[編集]

日向は三方五湖の日向湖と若狭湾に挟まれた地区にあり、漁業が盛んな集落である。綱引き行事は1月の第3日曜日(もとは旧暦正月15日[2])に、湖と海を結ぶ運河で行われる。運河にかかる高さ8メートル[3]の日向橋の中央欄干から男性20-30名程度が数名ずつ順番に飛び込み、両岸に渡された長さ40-50メートル、太さ20-30センチほどの綱を、引きちぎる[4][5]。運動会のような綱引きではなく、東西両岸の二手に分かれ、杭に固定された綱を引っ張ったり、むしったり、噛み付いたりし、早く綱を引きちぎる競い合いをする[2]。もとは厄払いの意味から、25歳厄年の男性が神事に参加していた[1]。現在は、20-30歳代の若者が中心である、ただし特に年齢制限は設けておらず、最高齢では還暦の方が参加したことがあるという[2]

由来[編集]

綱引き行事の由来はいくつかあるが、主なものは以下である。

昔、湖と海をつなぐ運河に大蛇が出て川を塞ぎ、舟が通れなくなりに村人は大層困っていた。そこで村の知恵者に相談すると「大蛇が恐れるほど大きな綱を、刃物を使わずに引きちぎり、村人の力を示してはどうか」といった。そのようにすると大蛇は出なくなったので、縁起の良い行事として続けられるようになったという[4][2]

また、記録によると、海側の砂浜が侵食されたため、代わりに日向湖を舟溜まりとしたいとの村人からの要望を受け、1635年に小浜藩酒井忠勝が海と湖を結ぶ運河を開削し、日向は天然の良港となった。この運河完成と豊漁を祝して綱引き行事がはじめられたという[6][4]

神事進行[編集]

神事は以下のように進行する[6][5][3]

  • 05:00 稲荷神社の長床と呼ばれる集会所で綱練り(綱を作る作業)が行われる。
  • 09:30 綱を橋の欄干より投入、湖側の両岸に取付け。大漁旗の飾付け。
  • 12:00 宇波西神社で海上安全と豊漁を祈願。
  • 14:00 稲荷神社に「卯詣り」の旗奉納、伊勢音頭を唄い終えたあと、水中綱引き開始。
  • 14:30 切れた綱は海に流し、海の神に奉納する。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 日向の綱引き行事 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  2. ^ a b c d ダイドードリンコ、日本の祭り「2007年の水中綱引き」、2019年1月20日閲覧
  3. ^ a b NHK新日本風土記アーカイブス「水中綱引き」、2019年1月20日閲覧(行事のビデオ映像)
  4. ^ a b c 美浜町商工観光課「日向の水中綱引き」、2019年1月20日閲覧
  5. ^ a b 福井県、福井の文化財「日向の綱引き行事」、2019年1月20日閲覧
  6. ^ a b 日向橋近く現地説明板「水中綱引きの由来」