新宮馬之助

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新宮 馬之助(しんぐう うまのすけ、天保7年(1836年) - 明治19年(1886年))は、土佐藩士・海援隊隊士、雅号は鬼国山人。別名、寺内信左衛門。

経歴[編集]

高知河田小龍に師事し、学問や絵を学ぶ(この頃の塾生に近藤長次郎がいる)。その後「焼継業修業」のため江戸へ遊学する。遊学中に坂本龍馬の誘いで勝海舟に師事し、その後は龍馬と行動を共にする。神戸海軍操練所で航海術を学んだ後、長崎で結成された亀山社中(のちの海援隊)に参加した。慶応2年(1866年1月21日旧暦)、長州藩代表桂小五郎薩摩藩代表西郷隆盛が京都薩摩藩邸で会見し、薩長同盟を締結した際には、龍馬らとともに調停役として同席する。その後、海援隊の中心メンバーとして活躍する。維新後は浦賀にあった海兵団に所属、海軍大尉まで出世する。長崎市で死去。享年51。