文化資本
文化資本(ぶんかしほん、英: cultural capital、仏: capital culturel)とは、特定の社会的領域において価値を認められ、教育達成、職業上の地位、社会的威信などの利益へ転換され得る文化的な知識、能力、資格および文化財をいう。フランスの社会学者ピエール・ブルデューが、社会階層と教育・文化実践との関係を説明するために用いた概念である[1]。
文化資本は単なる教養や文化的知識の総称ではない。ある文化的能力や資格が資本として機能するには、それを評価する学校、職業、芸術、学術などの社会的な界が存在し、その内部で希少性や正統性を認められる必要がある[2]。その価値は文化の内容自体に固定されているのではなく、社会や時代、制度によって異なる。
文化資本は、家庭での社会化や教育を通じて蓄積され、その獲得には時間と経済的資源を要する。家族間で不均等に分布する文化資本と、学校が評価する言語、知識、振る舞いなどとの親和性を通じて、教育上の有利・不利や社会階層の再生産に関係する[3]。
概念の成立
[編集]ブルデューとジャン=クロード・パスロンは、1960年代前半のフランスにおける高等教育への進学機会と学生生活の調査から、家庭から受け継いだ言語能力、知識、趣味、振る舞いなどが学校での成功に与える影響を検討した[4]。
文化資本の概念は、1964年に刊行された『遺産相続者たち――学生と文化』などで提示され、学校教育が家庭から受け継がれた文化的有利を学力や才能として評価する仕組みの説明に用いられた[5][4]。ブルデューとパスロンは1973年の「文化的再生産と社会的再生産」で教育制度との関係を詳述し、ブルデューは1986年の「資本の諸形態」で文化資本を三つの形態に整理した[3][1]。
ブルデューは1979年の『ディスタンクシオン』において、芸術、音楽、食事、服装などに関する趣味と社会的位置との関係を扱い、文化的な好みが社会集団間の差異を表す働きを検討した[6]。
三つの形態
[編集]ブルデューは文化資本を、身体化された文化資本、客体化された文化資本、制度化された文化資本の三つに区分した[1]。
身体化された文化資本
[編集]身体化された文化資本(英: embodied cultural capital)とは、個人の身体と精神に持続的に形成された知識、技能、話し方、振る舞い、美的判断、嗜好などをいう。家庭生活、教育、文化活動などを通じて時間をかけて身に付けられ、ハビトゥスの一部となる[1]。
身体化された文化資本は、物品のように他人へ即時に譲渡できない。親が持つ知識や嗜好は、家庭内での会話、読書、芸術活動、生活習慣などを通じて子どもに伝わるが、子ども自身がそれを習得する時間を必要とする。早期からの文化的経験は、後から短期間で取得することが難しいため、獲得を始めた時期も文化資本の差に関係する[7]。
客体化された文化資本
[編集]客体化された文化資本(英: objectified cultural capital)とは、書籍、絵画、楽器、辞書、機械など、物として存在する文化的財をいう[1]。
文化的財の所有権は売買や相続によって移転できるが、その内容を理解し、利用し、評価する能力までは同時に移転しない。例えば、楽器を購入することと、その楽器を演奏できることは別である。このため、客体化された文化資本を十分に利用するには、対応する身体化された文化資本が必要となる[1]。
制度化された文化資本
[編集]制度化された文化資本(英: institutionalized cultural capital)とは、学位、卒業資格、免許など、教育機関や資格制度によって公的に承認された文化的能力をいう[1]。
資格は、個人の知識や能力について制度上の保証を与え、異なる人物の文化的能力を比較しやすくする。資格が就職、昇進、報酬などの条件となる場合、制度化された文化資本は経済的利益へ転換される[1]。ただし、同じ資格の価値は、資格保有者の人数、教育機関の評価、労働市場の状況などによって変化する。
教育と文化的再生産
[編集]ブルデューとパスロンの文化的再生産論では、家庭ごとに保有する文化資本の量と種類が異なり、子どもは就学前から異なる言語、知識、読書習慣、文化的経験などを身に付ける[3]。
学校は形式上、同じ教育内容と評価基準を生徒へ適用する。しかし、学校で正統とみなされる言語表現、知識、芸術的嗜好、議論の方法などが特定階層の家庭文化と近い場合、その文化に早くから接してきた子どもは授業や試験に対応しやすくなる。学校がその差を家庭環境の違いではなく、個人の能力、努力、才能の差として評価すると、文化的な有利は学歴や資格に変換される[5][3]。
文化的再生産は、親の社会的地位が子どもへ機械的に引き継がれるという意味ではない。教育達成には、文化資本だけでなく、所得、資産、家族関係、学校制度、本人の学習行動なども関係する。文化資本は、これらの条件と組み合わさって教育上の有利・不利を生じさせる要因の一つである。
趣味と象徴的区別
[編集]ブルデューは『ディスタンクシオン』において、文化的な趣味を個人の自由な好みだけで説明せず、教育歴、職業、所得、家庭環境などによって構成される社会的位置との関係から検討した[6]。
クラシック音楽、美術、文学などへの関与が社会的威信を持つ場合、それらを理解し適切に論じる能力は、他者との差異を示す資源として機能する。一方、どの文化が「正統」「高尚」「大衆的」と評価されるかは、文化そのものに備わった不変の性質ではなく、教育機関、批評家、文化産業、国家などが関わる社会的な評価によって形成される[2]。
文化的な好みを通じて社会的位置の差を示し、他者との境界を形成する働きは、卓越化またはディスタンクシオンと呼ばれる。
他の資本との関係
[編集]ブルデューは、社会的位置を決める主な資本として、文化資本のほかに経済資本と社会関係資本を挙げた[1]。
経済資本は、金銭や財産など、直接または比較的容易に貨幣へ転換できる資源である。社会関係資本は、家族、友人、同窓、職業上の人脈など、継続的な社会関係を通じて利用できる資源をいう。各資本は相互に転換され得る。例えば、経済資本を教育費や文化活動へ投入すれば文化資本の形成につながり、学歴が高い所得や職業上の人脈につながる場合もある。ただし、資本の転換には時間、労力、制度による承認が必要であり、金銭を支払うだけで身体化された文化資本を直ちに取得できるわけではない[1]。
経済資本、文化資本、社会関係資本などが社会的に正当なものとして認知され、名声、信用、権威として働く状態は象徴資本と呼ばれる。何が有効な資本となるかは、それぞれの界の規則によって異なる[2]。
人的資本との違い
[編集]人的資本は、教育や職業訓練への投資によって形成される知識・技能を、生産性、賃金および所得との関係から扱う経済学上の概念である[8]。
これに対し、文化資本は、文化的な知識・能力・資格が学校や文化的な界で承認され、教育達成、社会的威信および社会的位置に関係する仕組みを扱う[1][2]。両概念はいずれも教育や知識を対象に含むが、人的資本論は主として生産性や所得との関係を、文化資本論は文化的能力の社会的評価や階層間の不平等との関係を問題とする[8][1][2]。
測定と批判
[編集]文化資本を用いた実証研究では、家庭の蔵書数、親子の読書、楽器の演奏、美術館や演奏会への参加、言語使用、保護者の学歴、本人の学歴などが指標として利用されてきた。しかし、これらの指標は身体化・客体化・制度化された文化資本の異なる側面を測っており、研究間で定義が統一されているわけではない[9]。
高い社会的地位を持つ者が好む文化をあらかじめ文化資本と定義し、その文化と社会的地位との関連を示すだけでは、循環的な説明となる。文化的実践が教育達成や地位を高めたのか、経済的に恵まれた家庭ほど文化活動を行いやすいのかを区別する必要もある[10]。
正統とされる文化の内容は国、世代、社会集団によって異なる。文化資本を測定する際には、クラシック音楽や美術など特定の文化活動だけを固定的な指標とせず、対象となる社会的な界で何が評価されているかを確認する必要がある[11]。
実証研究
[編集]文化資本の実証研究では、読書、家庭の蔵書、芸術活動への参加、文化的知識、語彙、学歴資格などが指標として用いられてきた。研究対象は教育達成、学業成績、文化活動、職業上の地位などに及ぶ。デイヴィスとリズクは、教育研究における文化資本研究を、質問紙調査によって教育成果との関係を測る研究、家庭と学校の相互作用を観察する研究、対面的な相互作用で共有される意味や様式を扱う研究に整理している[12]。
文化資本と教育成果との間には多くの研究で関連が確認されているが、その程度や作用経路は一様ではない。文化資本の定義、使用する指標、教育制度、選抜方法、家庭の社会経済的条件などによって結果が異なる[12]。
欧米
[編集]ポール・ディマジオは1982年、アメリカ合衆国の高校生を対象として、文学、美術、音楽など社会的評価の高い文化への参加と学校成績との関係を検討した。家庭背景などを考慮した後も文化活動への参加と成績との間に正の関連があり、その関連の強さは性別や家庭背景によって異なった[13]。
アリス・サリヴァンは、イギリスの生徒と保護者を対象とした調査から、読書、語彙、文化活動などの文化資本が家庭内で伝達され、GCSE試験の成績と関係していることを示した。一方、文化資本を考慮しても社会階級と教育達成との直接的な関係は残り、文化的再生産だけでは階級差の全部を説明できなかった[14]。
ナン・ダーク・デ・グラーフ、ポール・デ・グラーフ、ヘルベルト・クラーイカンプは、オランダの全国調査を用いて、親の美術鑑賞と読書習慣を区別した。親の読書習慣は子どもの教育達成と関係したが、美術館や演奏会などへの参加については同様の関係が確認されなかった。また、親の読書習慣との関係は、親の教育水準が低い家庭で強かった[15]。
マッズ・メイヤー・イェーガーは2011年、アメリカの縦断調査から兄弟姉妹間の差と同一人物の経年変化を利用し、家庭固有の観察できない要因を考慮した。文化資本の六つの指標の多くは読解力および数学の得点と正の関係を持ったが、推計された関係は従来の横断研究より小さかった。また、正統文化への接触と、親による組織的な教育活動では、社会経済的条件による違いが同じではなかった[16]。
国際比較
[編集]M・D・R・エヴァンス、ジョナサン・ケリー、ジョアンナ・シコラは、OECDのPISAを用いて42か国、約20万人の生徒を比較した。家庭にある書籍数は、親の学歴、職業、所得などを考慮した後も、読解、数学および科学の成績と正の関係を持った。この関係は、各国の政治体制、経済発展の程度、教育制度の違いを越えて広く確認された[17]。
ただし、家庭の蔵書数は読書環境だけでなく、親の学歴、所得、住居の広さ、教育への関心など複数の条件とも関係する。このため、蔵書数と学業成績との関連を、書籍自体の単独の効果とみなすことはできない。
東アジア
[編集]東アジアでは、標準化された入学試験と、学習塾や家庭教師などのシャドー・エデュケーションが文化資本の働き方に与える影響が検討されている。
スヨン・ビュン、エヴァン・ショーファー、キョングン・キムは、韓国の教育縦断調査を用い、文化活動、読書、家庭の文化財と学業成績との関係を調べた。韓国では、標準化された教育課程、試験準備の重視、塾や家庭教師への大規模な投資が、欧米で文化資本の代表的指標とされてきた芸術文化への参加の効果を弱める可能性を示した[18]。
これらの研究は、フランスや英米で文化資本として機能した芸術的嗜好や振る舞いが、入学試験の比重が高い教育制度でも同じ強さを持つとは限らないことを示している[18]。
日本
[編集]山本陽子とメアリー・ブリントンは、日本の教育制度における三つの進路移行段階を比較し、文化資本と教育成果との関係が、標準化された試験と教師による評価のどちらを重視するかによって異なることを示した[19]。同研究は、文化活動や家庭の文化財だけでなく、塾などへの教育投資を分けて扱い、日本の選抜制度の下でも身体化・客体化された文化資本が教育成果と関係する場面があることを示した[19]。
片岡栄美は1992年、幼少時の文化的環境を「相続文化資本」、成人後の文化的活動を文化資本として測定した。相続文化資本は出身階層によって異なり、学歴と成人後の正統文化への関与に関係していた。また、文化活動の構造と正統文化への関与が持つ意味には男女差があった[20]。
松岡亮二、中室牧子、乾友彦は、厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」を用いて親子の読書量の変化を検討した。父母の学歴と世帯所得は父母の読書量と関係し、父母の読書量は子どもの読書量と関係していた。観察されない個人差を考慮した推計でも、親の読書量の変化と子どもの読書量の変化との間に関連があった[21]。
荒牧草平は、2013年教育・社会階層・社会移動全国調査を用いて学歴の世代間再生産を検討した。子ども時代の文化的経験、中学受験、塾通い、進学などは親が保有する資本の総量と強く関係していた。一方、日本では文化資本の分布が経済資本の分布と密接に結び付いており、文化資本が経済資本から独立して学歴の世代間再生産を主導したとはいえないと結論付けた[10]。
相澤真一と堀兼大朗は、2015年社会階層と社会移動全国調査などを用い、文化活動と生活様式を対応分析によって検討した。文化活動への関与と保有する資本の総量には関連があり、特にクラシック音楽や美術への関与は社会階層に関する変数との重なりが大きかった。一方、文化的実践の違いには年齢も関係していた[11]。
派生的な用法
[編集]日本語では、企業が保有する文化的な理念、ブランド、建築、芸術活動などを経営資源として捉える用法や、地域の文化施設、景観、伝統などを地域振興の資源として捉える用法でも「文化資本」という語が使用される[22][23]。
これらは企業経営や地域政策を主な対象とする用法であり、社会階層、教育制度、象徴的支配を扱うブルデューの文化資本概念とは対象と理論的背景が異なる。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Bourdieu, Pierre (1986). “The Forms of Capital”. In Richardson, John G. (英語). Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education. Greenwood Press. pp. 241–258 2026年8月5日閲覧。
- 1 2 3 4 5 磯直樹「ブルデュー派階級分析の理論と方法」『教育社会学研究』第110巻、2022年、91–113頁、doi:10.11151/eds.110.91、2026年8月5日閲覧。
- 1 2 3 4 Bourdieu, Pierre; Passeron, Jean-Claude (1973). “Cultural Reproduction and Social Reproduction”. In Brown, Richard K. (英語). Knowledge, Education, and Cultural Change. Tavistock Publications. pp. 71–112 2026年8月5日閲覧。
- 1 2 Robbins, Derek (2005-03). “The Origins, Early Development and Status of Bourdieu's Concept of ‘Cultural Capital’” (英語). The British Journal of Sociology 56 (1): 13–30. doi:10.1111/j.1468-4446.2005.00044.x.
- 1 2 Bourdieu, Pierre; Passeron, Jean-Claude (1964) (フランス語). Les Héritiers: Les étudiants et la culture. Les Éditions de Minuit
- 1 2 Bourdieu, Pierre (1979) (フランス語). La Distinction: Critique sociale du jugement. Les Éditions de Minuit
- ↑ 池田心豪「実践の持続と文化の資本性――『物質と記憶』を手がかりに」『年報社会学論集』第14巻、2001年、236–247頁、doi:10.5690/kantoh.2001.236、2026年8月5日閲覧。
- 1 2 赤林英夫「人的資本理論」『日本労働研究雑誌』第621号、労働政策研究・研修機構、2012年4月、8–11頁、2026年8月5日閲覧。
- ↑ Lamont, Michèle; Lareau, Annette (1988). “Cultural Capital: Allusions, Gaps and Glissandos in Recent Theoretical Developments” (英語). Sociological Theory 6 (2): 153–168. doi:10.2307/202113.
- 1 2 荒牧草平「日本社会における学歴再生産とブルデューの社会学理論――文化資本指標・受験界・教育的地位志向――」『教育社会学研究』第110巻、2022年、47–67頁、doi:10.11151/eds.110.47、2026年8月5日閲覧。
- 1 2 相澤真一、堀兼大朗「日本社会における分析ツールとしての文化資本――『文化・階級・卓越化』を踏まえた計量分析――」『教育社会学研究』第110巻、2022年、115–136頁、doi:10.11151/eds.110.115、2026年8月5日閲覧。
- 1 2 Davies, Scott; Rizk, Jessica (2018-06). “The Three Generations of Cultural Capital Research: A Narrative Review” (英語). Review of Educational Research 88 (3): 331–365. doi:10.3102/0034654317748423.
- ↑ DiMaggio, Paul (1982-04). “Cultural Capital and School Success: The Impact of Status Culture Participation on the Grades of U.S. High School Students” (英語). American Sociological Review 47 (2): 189–201. doi:10.2307/2094962.
- ↑ Sullivan, Alice (2001-11). “Cultural Capital and Educational Attainment” (英語). Sociology 35 (4): 893–912. doi:10.1017/S0038038501008938.
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- ↑ 片岡栄美「社会階層と文化的再生産」『理論と方法』第7巻第1号、1992年、33–55頁、doi:10.11218/ojjams.7.33、2026年8月5日閲覧。
- ↑ 松岡亮二、中室牧子、乾友彦「縦断データを用いた文化資本相続過程の実証的検討」『教育社会学研究』第95巻、2014年、89–110頁、doi:10.11151/eds.95.89、2026年8月5日閲覧。
- ↑ 福原義春・文化資本研究会『文化資本の経営』ダイヤモンド社、1998年。
- ↑ 池上惇『文化資本論入門』ミネルヴァ書房、2016年。