捧賢一

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捧 賢一(ささげ けんいち、1933年6月24日 - 2018年5月8日)は、日本の実業家株式会社コメリ創業者名誉会長ファウンダー。

略歴[編集]

人物[編集]

  • 商売に気乗りしなかった二十代にはうたごえ運動などに参加。仕事よりも社会運動に精を出していたため、家族には心配されたと言う。
  • 雑誌商業界」の主幹である倉本長治の「真心を持って人々に奉仕する」との考えを知り、二十代後半に商売人として目覚める。この考えは「人々の幸せのために仕事をする」との社訓「コメリの願い」にも生かされている。
  • 緑川玄三に「社長ならまともな文も書けるように」と忠告され、越後文学会に入る。その影響で、榊鶏司の名前で写真と文章を社内報に執筆するようになる。2004年には、社内報の内容を二冊の本(『店のある街の風景』と『残映-心にのこる出会い-』)に纏め自費出版をした。また新潟市雪梁舎美術館で写真展も開催している。使用するカメラはコメリの備品で技術は独学による。写真を撮るうちに土門拳などの写真集の鑑賞も趣味となった。

著書[編集]

  • 店のある街の風景(2004年、東京経済出版)
  • 残映-心にのこる出会い-(2004年、東京経済)
  • 微笑佛(2006年、商業界)

脚注[編集]

  1. ^ コメリ創業者 捧名誉会長が死去 NHK NEWS WEB 2018年5月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]