振袖

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振袖を着た着物モデル2003年

振袖(ふりそで)は、身頃ととの縫いつけ部分を少なくして「振り」を作った袖をもつ着物である[1]

現代では若い女性の、黒留袖や色留袖、訪問着に相当する格式の礼装である。成人式結婚式花嫁衣装[2]・参列者[3]双方で着用される機会が多い。

特徴と分類[編集]

1915年頃の振袖姿。左は五つ紋

振袖は、現代では、若い未婚の女性が着用するとものと見なされる場合が多いが、本来は着用者が未婚か既婚かが問題ではなく、若い女性用の和服であった[4]。それゆえ一定以上の年齢になると一般的には着用しない[注釈 1]

「振り」とは「振八つ口」とも呼ばれ、身頃側の袖端のうち縫い合わされていない開口部のことを指す。袖部分の、腕を入れる方向に対して垂直方向の長さを袖丈というが、現代の振袖の特徴は、「振り」があり、なおかつ、袖丈が長いことである。振袖は袖丈の長さによって「大振袖」(本振袖とも。袖丈114cm前後)、「中振袖」(袖丈100cm前後)、「小振袖」(袖丈85cm前後)に分類される。

現代では最も袖丈の短い小振袖はほとんど着用されず、もっぱら大振袖と中振袖が用いられるが、格式がある柄行きならば小振袖でも中振袖でも第一礼装となり、一般的な大振袖よりも格が落ちるわけではない。今日の成人式に着用される振袖はほとんどが大振袖(本振袖)である。

伝統的な模様の置き方としては、総模様裾模様とがある。総模様は「伊達模様」「被衣模様」ともいう。裾模様のうち「振袖高裾模様」は、衽が最も高く、次いで前身頃・後身頃と7:5:3の割合で低くなるように裾模様を置き、さらに、袖にも同じ模様を、袖口の方から振りに向かって低くなるように置く形式である。これに、肩から胸にかけて模様を置く「島原模様」を加えてさらに華やかにしたものもある[5]。現代ではこの形式にとらわれず自由に模様を置くことが多い。

カメルーン出身のデザイナーセルジュ・ムアング英語版の振袖(2009年)

現在では、洋服の普及に伴い、振袖を含む和服の需要が減少し、それを普段着として身に纏うことはほとんどない。振袖が着用されるのは、成人式や七五三小学校大学等の卒業式(袴を着用)、式典といった特別な冠婚葬祭の場のみである。 着付け教室や呉服店が、振袖の販売・貸出を行う。また、家庭にて母や祖母が若き頃に着用した振袖を、娘、孫娘へと譲り渡すことも少なくない。

発生の時期[編集]

江戸時代の振袖

振袖の元になったのは、振八つ口のあいた子供用の小袖である。稚児大師図香雪美術館蔵・鎌倉後期)などに見られるように、子供の小袖は中世の時代は体温を逃がすために振り八つ口をあけていた。それに対し大人の小袖は袂が短いのが古くからの形であった。

振袖は男女ともに着用され、振袖火事の原因と伝えられる紫縮緬の振袖も少女が意中の若衆の衣装を写して着用したものといわれており、色柄や構造に男女差がほとんど無かったことが窺える。

井原西鶴の『西鶴俗つれづれ』(元禄8年)によれば、振袖は通常、男子は17歳の春、女子は結婚の有無にかかわらず19歳の秋に、袖を短くするとともに脇をふさいだとある。[1]

現在振袖と呼ばれている和服が発生した時期は、江戸時代である。江戸時代前期に、若い女性が着る正装の和服の袖丈が徐々に長くなっていった。元禄時代(1688年-1703年)には袖丈は55cmから95cmくらいだったのが、江戸末期(1867年まで)には袖丈は95cmから122cmくらいになったといわれる。

袖丈が長くなった原因・理由については、諸説がある。一説には、世の中が安定期に入るにつれ文化に対する民衆の関心が高まり、娘に舞踊を習わせる習慣が生まれたが、その際に身振りを美しく見せるために袖を長大化させていったという。

その後女性の衣装としてのみ発展し、関所を通る際は未婚女性は振袖を着用しないと通過が出来ない(年齢や身分をごまかしているのではと因縁をつけられたため)など、未婚女性といえば振袖を着用するものという認識が広まった。関所の近くにはたいてい貸し振袖屋があったという。

やがて、未婚女性が振袖の袖を振る事が、求愛の意思表示として使われるようになる。

想いを伝えたい時もしくは求愛された場合、振袖の長い袖を前後に振ると「嫌い」・左右に振ると「好き」という風に、若い女性が言葉で伝えられない恥じらいのある恋の仕草である。

これらは、江戸時代の文献、仮名草子好色一代男などの一節にみられる事から、現代の恋愛事情における「振った」・「振られた」の語源は、振袖とされている。[6]

花嫁衣装(婚礼衣装)[編集]

1889年の結婚写真。新婦は黒の引き振袖を着ている
1938年の結婚写真。新婦は金襴の引き振袖を着ている

婚礼に用いられる、打掛のように裾を引いて着用する振袖を引き振袖(ひきふりそで)という[2]お引き摺り(おひきずり)とも呼ばれる[2]

元は江戸時代武家階級の女子が婚礼に用い[7]明治時代から昭和時代初めころには富裕な商人層の花嫁衣装として一般的であった[2]

中でも黒地の引き振袖が最も格が高いとされ、神前式の挙式でも着用できるのは黒地のもののみとなる[8]。その他の色を地色に用いた振袖は披露宴などでの着用が推奨される[8]鼠色色は忌色(いみいろ、いみじき)として地色には用いないとされていたが[5]、近年はこの限りではない。

基本的に裾に綿を入れて仕立てた[7]染めの着物に織りの帯を合わせる[2]。一般的な振袖をお引き摺りとして活用するには、綿入れなどの仕立てが必要になる場合がある[7]。また神前挙式では角隠しを合わせるのが正式とされる[8]

21世紀においては白無垢や色打掛などに次ぐ格の高い和装花嫁衣装として人気を集め、伝統的スタイルのほかに洋髪やヘッドドレスとのコーディネートが提唱され流行している[2][8]

慣用句[編集]

  • 三十振袖(さんじゅうふりそで) - 30歳になっても振袖を着る意から、年輩の女性が年齢不相応の若い服装、化粧などをすること。また、若作りをする意から年増の芸者などをあざけっていう。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 小学館、長崎巌『きものと裂のことば案内』2005年、8-9頁
  2. ^ a b c d e f 小野美保子、引き振袖All About、2016年9月25日閲覧。
  3. ^ 斉藤房江、結婚式にて未婚の振袖着用は何歳までOKか?、All About、2016年9月25日閲覧。
  4. ^ 主婦と生活社、石橋真理子 別冊週刊女性編集部 編著『ロイヤルファッションへの道』1993年、酒井美意子インタビュー157-173頁
  5. ^ a b 『装苑 新年号付録 服装ハンドブック』 文化服装学院出版局、1955年1月。 
  6. ^ 振袖の起源から見る振袖の袖が長い理由”. みやたけ工房. 2021年2月7日閲覧。
  7. ^ a b c 結婚式(挙式)を和装であげたい花嫁のための基礎知識みんなのウェディング、2016年9月25日閲覧。
  8. ^ a b c d 小野美保子、意外と知らない花嫁和装の常識、All About、pp.1-3、2016年9月25日閲覧。

出典[編集]

  1. ^ 演歌歌手など芸能の女性は年齢・既婚などに関係なく衣装として振袖を着る場合がある。

関連項目[編集]

外部サイト[編集]