拝志村

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はいしむら
拝志村
廃止日 1956年9月1日
廃止理由 新設合併
拝志村北吉井村南吉井村重信町
現在の自治体 東温市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
温泉郡
団体コード 消滅時制度なし
総人口 3797
(1955年)
隣接自治体

南吉井村川内村川瀬村

久万町坂本村荏原村(廃止時)
拝志村役場
所在地 制度なし
愛媛県温泉郡拝志村大字下林
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拝志村(はいしむら)は、1956年(昭和31年)まで愛媛県温泉郡にあったであり、現在の東温市の南西部に位置する。

地理[編集]

現在の東温市の南西部。四国山地の皿ヶ嶺連峰の北側、重信川中流の左岸、重信川の支流の一つである拝志川の流域。拝志川は皿ヶ嶺の北麓、大字上林荒谷に源流を発し、五反地で重信川に合流する。山の麓に沿って集落が展開していた。

  • 皿ヶ嶺
地名の由来
拝志は拝師とも林ともいう。拝志郷という名は平安期の古文書にもその名が登場する。中世には林郷とも呼ばれた。

歴史[編集]

藩政期

  • 松山藩領

明治以降

  • 1889年(明治22年) 12月15日 - 町村制施行に伴い拝志村が成立。当時は下浮穴郡に属した。
  • 1897年(明治30年) 4月1日 - 温泉郡に所属。
  • 1956年(昭和31年) 9月1日 - 北吉井村南吉井村との合併により重信町となる。

明治期から教育熱心な土地柄で、上林、下林、上村に尋常小学校があった。村予算の半額超を教育予算が占めた時期もある。

安積開拓に名を残す旧小山家は当村の出身者である。

拝志村の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)
上林村 ━━┓
       ┃
下林村 ━━╋━━━━━ 拝志村  ━━━┓ (昭和31年9月1日合併)
       ┃                  ┃
上村  ━━┛               ┣━━ 重信町
                       ┃
               北吉井村  ━━━┫
                          ┃
             南吉井村   ━━━┛

地域[編集]

上林(かみばやし、かんばやし)、下林(しもばやし)、上村(うえむら)の3つの大字があった。いずれも明治の村制発足前からの旧村であり、重信町になっても大字として存続した。

役場は大字下林においた。昭和30年人口3,797人。

行政[編集]

役場

はじめ下林の連合戸長役場を転用した。1904年(明治37年)、下林の旧役場隣接地に新役場を建造した。

産業[編集]

藩政期から新田開発が盛んに行われ、水田耕作が中心。

交通[編集]

鉄道等はない。

関連項目[編集]