荏原村 (愛媛県)

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えばらむら
荏原村
廃止日 1956年9月30日
廃止理由 新設合併
荏原村坂本村久谷村
現在の自治体 松山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
温泉郡
団体コード 消滅時制度なし
総人口 5673
(1955年)
隣接自治体 浮穴村重信町坂本村砥部町(廃止時)
荏原村役場
所在地 制度なし
愛媛県温泉郡荏原村大字東方
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荏原村(えばらむら)は、1956年昭和31年)まで愛媛県下浮穴郡のち温泉郡にあったであり、現在の松山市の南部に位置する。

地理[編集]

現在の松山市の南部。重信川の左岸、南部と、重信川支流の一つである御坂川の流域。御坂川が南北に貫流し、両岸に水田が広がる。

地名の由来
荏原という地名は平安期から郷名として見られ、『和名抄』による浮穴郡4郷の一つ。南北朝期には合戦の舞台となった会原城があった。

歴史[編集]

藩政期

明治以降

荏原村の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)
津吉村  ━━┓
中野村  ━━┫
河原村  ━━┫
東方村  ━━╋━━━━━ 荏原村   ━━━┓ 
小村   ━━┫              ┃(昭和31年9月30日合併)
上野村  ━━┫              ┣━━ 久谷村 ━━┓
西野村  ━━┫              ┃         ┃
恵原町村 ━━┛               ┃         ┃
              坂本村   ━━━┛     昭和43年10月25日松山市に編入

(注記)坂本村成立以前の系譜については、同村の記事を参照のこと。

地域[編集]

津吉(つよし)、中野、河原、東方(ひがしかた)、小村、上野、西野、恵原町(えばらまち)の8つの大字があった。いずれも明治の村制発足前からの旧村であり、久谷村になっても大字として存続した。

役場は大字東方においた。

行政[編集]

役場 
大字東方においた。

交通[編集]

旧街道沿線、遍路道にもあたり、八坂寺がある。 森松から御坂峠に至る「土佐街道」が恵原町を抜けているため、明治以前は恵原地区が一番栄えていたため「町」を村の前に冠して「恵原町村」と呼ばれた。 遍路道もほぼ土佐街道にそっている。

関連項目[編集]