戸倉城 (伊豆国)

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戸倉城
静岡県
中央の小山(本城山)に戸倉城が築かれた
中央の小山(本城山)に戸倉城が築かれた
城郭構造 山城
天守構造 北条氏綱
築城年 戦国時代
位置

戸倉城(とくらじょう)は、伊豆国(現在の静岡県駿東郡清水町徳倉)にかつて存在した日本の城である。伊豆国と駿河国の国境にあり、現在は駿東郡に属しているが、戦国時代この城が存在していた時代は伊豆国に属していた。

概要[編集]

戦国時代に北条氏綱が築いたといわれる[1]。 伊豆と駿河の国境を守る城として重視された。 三国同盟が破れた後、1568年永禄11年)から1571年(元亀2年)にかけて武田氏北条氏との戦いの舞台となった[1]1581年天正9年)に北条の城将だった笠原政尭が武田氏に寝返り、戸倉城は武田氏の城となった。 1582年天正10年)に武田氏が滅亡した後は再び北条氏のものとなった[1]1590年(天正18年) 豊臣秀吉小田原征伐が始まると、北条氏の城兵は戸倉城を捨て、韮山城山中城に撤退した[1]

現在では戸倉城が築かれた小山を本城山と呼び、山頂部が本城山公園として整備され展望台が置かれている。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d 出典 : 現地解説版より
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関連項目[編集]