張皇后 (曹芳)

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張皇后(ちょうこうごう、生没年不詳)は、三国時代曹芳の2番目の皇后(廃后)。父は張緝

甄皇后が亡くなると曹芳は王貴人を皇后にしたいと考えていたが、郭太后がこれに強く反対した。結局、嘉平4年(252年)張氏は宮中に入って皇后に立てられ、ずっと寵愛されない。

同6年(254年)2月、父は李豊らとともに、司馬師を排除し夏侯玄を大将軍に就けることを計画したが、事前に計画が露見して捕縛され、夏侯玄・李豊らと共に処刑された上で、三族皆殺しとなった。張皇后も一ヶ月後に廃位された。以後の動静は不明である。

小説『三国志演義』では、司馬師の命令によって彼女の首を絞めて殺した。