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岡田実 (陸軍軍人)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岡田 実
生誕 1887年8月28日
日本の旗 日本 東京府
死没 (1945-03-20) 1945年3月20日(57歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1908年 - 1939年
最終階級 陸軍少将
配偶者 智恵子[1]
子女 裕(男子)、敏子(長女)[1]
除隊後 横山工業取締[1]
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岡田 実(おかだ みのる、1887年明治20年)8月28日[2] - 1945年昭和20年)3月20日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。位階勲等は従四位勲三等[1]

経歴

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東京府出身[2]陸軍士官学校第20期、陸軍大学校第28期卒業[2]ヴェルサイユ平和条約実施委員などを経て[1]1923年(大正12年)8月、陸軍砲兵少佐に進級し[3]1924年(大正13年)9月時点で野砲兵第7連隊大隊長の任にあった[3]1925年(大正14年)9月時点で陸軍野戦砲兵学校教官兼同校研究部部員となり[4]1926年(大正15年)3月に参謀本部部員兼陸軍経理学校教官に就任した[5]1928年(昭和3年)3月、陸軍砲兵中佐に進級し[6]、8月に伊国在勤帝国大使館附武官伊国駐在員取締に転じ[6]1931年(昭和6年)8月には参謀本部部員に着任した[7]

1932年(昭和7年)8月8日陸軍砲兵大佐進級と同時に陸軍技術本部部員となり[8]1933年(昭和8年)8月に近衛野砲兵連隊長(近衛師団[9][10][8]1935年(昭和10年)3月に近衛師団参謀長と歴任した[8]1936年(昭和11年)8月1日に陸軍野戦砲兵学校幹事に転じ[8]12月1日に陸軍少将に進級[8]1937年(昭和12年)8月に関東軍砲兵司令官に就任した[2]1938年(昭和13年)12月に参謀本部附となり[2]1939年(昭和14年)1月23日に待命[2]1月31日に予備役に編入された[2]

予備役編入後は横山工業取締を務めた[1]

栄典

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勲章等

脚注

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参考文献

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  • 外山操・森松俊夫 編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。 
  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026 
  • 人事興信所 編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12987060