小原英一

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小原 英一(おはら えいいち、1889年3月22日 - 1959年12月22日)は、日本実業家運輸官僚南海電気鉄道元社長・会長。

経歴[編集]

千葉県出身。東京帝国大学政治学部卒業後、1915年鉄道院入りし、配車課長、貨物課長を歴任した後、1934年に退官。南海鉄道へ中途入社し、運輸部長、専務取締役を歴任した後、関西急行鉄道との合併で近畿日本鉄道副社長に就任。

1947年に南海電気鉄道発足に伴い社長に就任するが、南海野球(当時のプロ野球球団・南海ホークスの運営会社)会長となり、1950年に南海電鉄社長に復帰してその後は会長も歴任。南海会館をはじめ動物園水族館四国航路など関連事業に尽力し、太平洋野球連盟会長、新日本放送(現:毎日放送)監査役などを務めた。