孫正義

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そん まさよし
孫 正義
生誕 1957年8月11日(58歳)
日本の旗 日本佐賀県鳥栖市
職業 実業家
純資産 約2兆488億円(2014年度時点)

孫 正義(そん まさよし[1]1957年8月11日[2] - )は、日本実業家資産家。ソフトバンクグループの創業者として知られ、ソフトバンク株式会社代表取締役社長ソフトバンクモバイル株式会社代表取締役会長福岡ソフトバンクホークスのオーナーなどを務める。

創業したソフトバンク株式会社の株式21.19%を保有する筆頭株主(2011年時点)。2010年末の時点で日本第4位の富豪[3]フォーブスの調査に基づく世界長者番付によれば、2011年11月の時点で、日本一の富豪、総資産約75億ドルとなっている[4]。そして2014年3月の時点では総資産184億ドルで日本富豪ランキング1位(2013年1位はファーストリテイリィングの柳井正)、世界富豪ランキング42位となった[5]。実業家の孫泰蔵は実弟。

来歴・人物[編集]

出生・幼少期[編集]

在日韓国人実業家、安本(孫)三憲・(李)玉子の二男として佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に出生。男ばかりの4人兄弟であった。いわゆる通名は「安本正義」[6]

孫は佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落で幼少期を過ごし、差別も経験する[7]。豚や羊と一緒に生活する非常に貧しく不衛生な場所であったが、「今だから言えるが密造酒も家で作っていた」と佐野眞一のインタビューで述べるとともに、父親の三憲が密造酒製造販売と消費者金融・パチンコ業で大成功し、長じてはパチンコ店数十店舗を所有し、高級車を何台も保有するほどの裕福な時期もあったことも明らかにしている[7][8]

緑ヶ丘・第二幼稚園から北九州市立引野小学校に入学、福岡市立城南中学校に転入後、1973年久留米大学附設高等学校に入学。

アメリカ時代[編集]

司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』を愛読し、脱藩に憧れて渡米を決意し、夏休みを利用して米国カリフォルニア州にて語学研修のため4週間の短期留学。1974年に久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校(ESL)に入学。米国サンフランシスコセラモンテ高等学校の2年生に編入。3年生、4年生へと飛び級高校卒業検定試験に合格したため、高等学校を3週間で退学(10月)。翌1975年に米国ホーリー・ネームズ・カレッジに入学。

1977年カリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年生に編入。さらに1979年シャープに自動翻訳機を売り込んで得た資金1億円を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。インベーダーゲーム機を日本から輸入。結婚。1980年カリフォルニア大学バークレー校を卒業。学位は、経済学士。日本へ帰国後、会社を設立するために福岡市南区に事務所を構えた。

起業家[編集]

1981年、福岡市博多区に事務所を移し、コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を設立。そして福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立。1983年における慢性肝炎での入院をきっかけに社長職を退き会長へ。この時、お金じゃ無い、地位や名誉でもない、ばあちゃんがやっていたような、人に喜んでもらえることに、貢献できたら幸せだ。どこか、名前も知らない、小さな女の子に「ありがとう」と言ってもらえるような、そんな仕事がしたいと思い、今に至る(情報革命で人々を幸せにしたい)。おばあちゃんは、いつも、人さまのお陰だ、と言っており、恨んだりしてはいけないとも言っている。1986年をもって社長職に復帰した。1990年をもって日本に帰化

1994年ソフトバンク株式会社の株式を店頭公開。1996年には米ヤフーソフトバンクの合弁でヤフー株式会社を設立。同年、衛星放送プラットフォームの運営会社としてジェイ・スカイ・ビー(JスカイB)をルパート・マードックニューズ・コーポレーションと折半出資により設立、マードックが会長、自らは社長に就任。この際、旺文社より全国朝日放送(現テレビ朝日ホールディングス)の株式21%を取得するも、のちに朝日新聞社の反発に遭って撤退するに至った。JスカイBは1997年ソニーフジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)がイコールパートナーとして資本参加。1998年にはパーフェクTV!を運営する日本デジタル放送サービス(現スカパーJSAT)と合併、スカイパーフェクTV!(スカパー!)として放送を開始した。

1999年、証券市場の開設を企図し米国のナスダック・ストック・マーケットとソフトバンク株式会社が共同出資しナスダック・ジャパンプランニング株式会社を設立。翌2000年には大阪証券取引所とナスダック・ジャパンプランニング株式会社にてナスダック・ジャパン市場を開始。ソフトバンク株式会社が東京海上火災保険オリックスとともに、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の株式を取得。取締役に就任した。

NTTドコモの第一期アドバイザリーボードのメンバーを1年程務める[注 1]

大物経営者[編集]

2001年からヤフー株式会社と共同でADSL接続サービスのYahoo! BBの提供を開始。以降、それまでのPCソフト卸、PC出版から通信に本業の軸足を移す。2002年、ナスダック・ジャパン株式会社が業務を停止。大阪証券取引所によりヘラクレスとして改組された。2003年にあおぞら銀行の株式をサーベラス・キャピタル・マネジメント社に売却。

2004年には日本テレコム株式会社を買収し、同社代表取締役会長に就任。2006年10月には同社の代表取締役社長に就任した。さらに福岡ダイエーホークスと福岡ドームダイエーから買収し、福岡ソフトバンクホークスオーナーに就任。続けてボーダフォン株式会社(現ソフトバンクモバイル株式会社)を買収し、同社代表執行役社長CEOに就任した。

2011年東日本大震災が発生すると、義援金として個人で100億円及び2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額を寄付することを表明し2011年7月14日100億円の寄付が終了した[10]。さらに福島第一原子力発電所事故を受け、自然エネルギー財団を設立[11][12]。『東日本大震災復興支援財団』を6月に設立[13]

2015年4月1日ソフトバンクモバイルの代表執行役社長から代表取締役会長に異動した(ソフトバンクモバイルは、同時に、ソフトバンクBBソフトバンクテレコムワイモバイルの3社を吸収合併)[14]

ソフトバンクの創業[編集]

設立経緯[編集]

自分で考案した「音声機能付き他言語翻訳機」[15]を当時シャープ専務の佐々木正に約1億円で売り込み、その資金を元に米国で事業を起こし、1981年には福岡で不動産・産廃業を営む母方の親戚の在日韓国人から1億円の出資を受けて日本で起業する[7][16]。佐野眞一は創業時に1億円を投じた在日韓国人の親戚が個人株主としては現在も最大の株主であるとしている[16]。孫自身を個人株主に含めれば孫が最大の株主となっている。

電話の際に自動的に安い回線を選ぶ「NCC BOX」(いわゆるLCR)をフォーバル大久保秀夫とともに開発した(その関係で、日本におけるLCRの基本特許は孫が保有している)[17]。大久保秀夫との交流は以後も続き、BBフォン、おとくラインの販売など、ソフトバンクグループの法人向けの営業では常にフォーバルと協力体制を取ってきた。

ソフトバンクの前身[編集]

自動翻訳機の売込みで得た資金(1億円)を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。日本で、流行していた「スペースインベーダー」を、ブームが沈静化した後に大量に安価で買い取り、アメリカで売り出して大きな利益を得た[要出典]

「日本ソフトバンク」名義の会社を設立したのは1981年(昭和56年)であるが、孫自身は事あるごとに「私は、福岡の雑餉隈ざっしょのくまで、アルバイト社員二人とソフトバンクを始めました」と話している。雑餉隈の雑居ビルに存在した会社は、ソフトバンクの前身にあたる「ユニソン・ワールド」という会社であったが、孫自身はこの「ユニソン・ワールド」がソフトバンクの起業だと考えていることがこの言葉から分かる。孫は同社員の前で、立ち上げた会社を「10年で年商500億の会社にする」と豪語したが、これを聞いた二人は孫の可能性を信じることが出来ず非現実的な法螺話と受け取り、彼の力量を見限って辞めてしまったという話がある[18]

通名ではなく本名で起業[編集]

ソフトバンクの前身であるユニソン・ワールドを起業する際、日本名である「安本」ではなく韓国名の「孫」の名前で会社を興すことを決め、そのことを一族に伝えた[19]。しかし親や親戚からは、在日が日常生活で差別されることはかなり減ったが、就職では間違いなく差別され銀行も絶対金を貸さない、お前の認識は甘い、ハードルは十倍あがる、わざわざ好んでその難しい道を行くのか、と猛反対された[19]。それに対して孫は「たとえ十倍難しい道であっても、俺は人間としてのプライドを優先したい、俺はどれだけ難しい道だって堂々と正面突破したいんだ」 と答えた[19]。一族からは「お前は青い」とも言われたが、父親は何も言わず黙って孫の話を聞いていたという[20]

孫の名前にこだわった理由はもう一つあり、それは渡米する際に心に決めた志と通名による起業が矛盾するということであった。孫は佐野眞一に対して「何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、 証明しなきゃならないと思ったんです。これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が 本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。 あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……」[21]と述べている。

震災やエネルギー分野での取り組み[編集]

東日本大震災復興資金の寄付[編集]

2011年4月3日、東日本大震災の被災者支援と復興資金として個人で100億円を寄付すると発表した[22]。また、2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額も、震災で両親を亡くした孤児の支援として寄付するとも発表した[23]。ソフトバンクも企業として東日本大震災に対し10億円の寄付を決定している。孫は3月22日福島県の避難所を訪れ、被災者数万人への携帯電話の無償貸与に加えて、震災孤児対象に18歳までの通信料の完全無料化を表明している。

2011年5月16日、寄付金の配分を発表した[24]。内訳は、日本赤十字社・中央共同募金会・岩手県・宮城県・福島県に各10億円、日本ユニセフ協会などの「震災遺児への支援を行う公益法人」に6億円、茨城県・千葉県に各2億円。40億円は、孫と自治体が共同で設立、孫自身が会長を務める東日本大震災復興支援財団[25]に託す。

2011年6月11日までに、財団分を除く60億円の寄付が各所に行われた[26][27]

2011年7月14日に、東日本大震災復興支援財団に残りの40億円が寄付として渡され、全100億円分の寄付が完了した[28]。この寄付金は、10年以上の継続支援ができるよう、被災地の子どもたちを中心とした支援のみに100%使われていくという[29]

自然エネルギー推進と脱原発[編集]

上述のように福島第一原子力発電所事故後、自然エネルギーの普及と脱原発を掲げて精力的な活動を続けている。発電コストについてはアメリカにおいて補助金の助けで風力発電原子力発電のコストが2010年に逆転したとし、自然エネルギーの方が原子力より安価であるとの立場に立っており、自家発などで生産された自然エネルギーを電力会社が買取る「再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」の成立に対して期待感を示している[30]

しかしながら、孫の動きを震災に便乗した補助金ビジネスとして「政商」と批判するメディアもある[31][32]。孫を取材し尊敬していたという堀義人も孫をツイッター上で批判し、その批判に孫が応えて討論会を実施する運びとなった[33]。民主党の原口一博は孫の立てた大規模太陽光発電所(メガソーラー)構想に対して「太陽光か原発かという選択肢ではありません。『大規模・独占・集中・排除』か『小規模・分散・自立・共同』で選択しないといけない」と忠告したと言う[34]

孫の脱原発運動は日本限定の活動であり、訪韓して李明博大統領と会談した際には「脱原発は日本の話。韓国は地震が多い日本とは明らかに異なる」「安全に運営されている韓国の原発を高く評価している」と韓国の原子力発電所を高く評価していると言う。但し自然エネルギー分野では日韓協力の体制を敷くことに前向きなコメントを残している[35]。 

データセンターの韓国設置について[編集]

東日本大震災を受け孫が経営するソフトバンクは電力供給と料金面で有利な韓国にデータセンターを立ち上げることでKT社と合意した。孫は韓国にデータセンターを置く利点として、「近い」「安い」「高いICTの先進性」の3点を挙げ、「韓国は非常に『近い』外国であり、産業用電気料金が日本の半額で『安い』」ことを挙げている[36]

堀は、上述の産経新聞記事にて、この件を原子力発電で電力を賄っている韓国に産業を移転し日本の産業を空洞化させるものとして批判している他、池田信夫はニューズウィーク日本版の連載コラムにて「メガソーラーで日本の電気代を上げて他社のコストを圧迫する一方で、ソフトバンクは韓国の原発でつくった安い電気を使ってもうけようというわけだ。」という批判を紹介し「彼の挑戦がもう少しツボにはまれば、霞ヶ関にも応援団はかなり出てくるだろう」と評している[37]

逸話[編集]

好きな企業家と自身の将来計画[編集]

「最も好きな起業家」は本田宗一郎である[38]という。孫は19歳の時に、「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1,000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ。」という人生50年計画を立て、今もその計画の実現に向けて走り続けているという[要出典]

小学生時代の逸話[編集]

小学生時代の夢は画家で、好きな画家はゴッホ[注 2]

孫の父・三憲は小学生の正義に対し「今度お父さんが出す新製品に、何か言いたい事はあるかな」と問い、子ども扱いせずに関係者の一人として意見を聞いていた[7]。こうした体験が後に経営者としての手腕に繋がって行った。また「お前は在日朝鮮人だから、普通の日本人より頑張らないと出世出来ないぞ」と語っていた[7]

藤田田を訪問[編集]

高校時代、藤田田の『ユダヤの商法―世界経済を動かす』という書籍(KKベストセラーズ、1972年)を読んで感動し、面会するために藤田の会社に行く。最初は門前払いを受けるが、何度も訪れて根負けした藤田についに社長室に通されたという。そこで「今度渡米するのだが、アメリカで何をすべきか」と尋ね、コンピューター関連を学ぶように助言された。その後成功した孫は藤田を食事に招待し、藤田はあの時尋ねてきた高校生が孫正義だったかと驚き、非常に感激し、孫の会社に自社パソコン300台を発注したという[40]

大学検定試験の逸話[編集]

カリフォルニア州での大学の検定試験の際に、「この問題は日本語ならば必ず解ける。」と言い、辞書の貸し出しと時間延長を試験官に申し出た。試験官は、自分の上司にあたる人間に相談。さらにその上司は、自分の上司に相談。そうこうしているうちに、最後は州知事にまで孫は電話で交渉して、「辞書の貸出し」と「時間延長の要求」をのませたという。

さらに、州知事との交渉において知事は「厳密な終了時間」を決めておらず、「辞書を引くのに適当な時間だけ延長する」という結論が出されたことから、無期限の時間延長と孫は独自解釈して、最後までテストを受けて合格したという。

著名な発言[編集]

将来はヤフーを子会社化
孫は2005年に雑誌の取材で「近い将来アメリカのヤフー本社も買収して子会社化しようと思う」と話している。[要出典]もっとも米国のYahoo!はかつてソフトバンクが筆頭株主だった[41]
噂にはコメントしない
ソフトバンクの新機種発表会で、「iPhone 3Gの発売はソフトバンクからか」と質問された時の発言。「iPhone 3GS」の発売前にも、同じコメントを残していた。
首相四年連続辞任時に「日本の不幸」
2010年、Twitterユーザーから首相辞任にコメントを求められた際に、「4人の首相[注 3]の任期が1年程度。民間会社ですら社長任期が1年では大きな事は成し得ない。日本の不幸」と述べた[42]

在日割引疑惑[編集]

2010年7月19日、週刊新潮に取り上げられていた「在日割引[注 4]」の存在について、一般ユーザーからの「ソフトバンクがそのような割引をしているのはデマか?」との質問に対し、直接の返答と詳細な経緯の説明を行った。これによれば、「この割引プランはデマ。2008年に代理店がソフトバンクの許可無く販売したが、ソフトバンク側が認知した後に書面で通知し、当該の割引営業行為を停止させた」と発言した。[43][44]。ソフトバンクモバイル広報室は「この割引プランは、弊社の代理店が民団と勝手に取りまとめたもので、弊社サービスではありません」と発言した。

家族・親族[編集]

系譜[編集]

孫氏(安本氏)
1947年に孫一族は朝鮮南部から船で日本へ渡り、正義の父である三憲によって、消費者金融密造酒パチンコを家業として財を築いた。[7][45][注 5]
 ∴
鐘慶
 ┃
 ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
 ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┃   ┃
三憲   某   某   某   女   女   真太郎
 ┃
 ┣━━━┳━━━┳━━━┓
 ┃   ┃   ┃   ┃
正明  正義  正憲  泰蔵

実家[編集]

現在韓国で暮らしている父親の孫三憲は、一時期、金融業や密造酒を家業としていたことを明らかにしている[7][45]。孫家は父親の方針の元、将来は韓国大統領を目指すよう教育されるなど非常に勉強熱心な家風であった[7][47]。「足が汚水につかるような場所で苦学して」部落を出て成功した。現在はパチンコ店の経営から退いている三憲はパチンコは客が必ず負けるものであるので好きではないと佐野眞一に述べている[要出典]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 元NTTドコモ社長大星公ニさん「私が会長の頃、ドコモの経営諮問機関であるアドバイザリーボードのメンバーを孫さんにお願いした。彼の著作や業績を高く評価し、入ってもらった。孫さんが一年後に「辞めさせてください」と言ってきた。なぜかと不思議だったが、しばらくして孫さんは通信分野に参入し、移動通信へと事業を広げていった。」[9]
  2. ^ 孫正義「僕は画家にも実は成りたかったんですよ。小学校の時ね。僕が成りたかった画家は貧乏画家なんですよ。要するにね、お金持ちの画家はもうその時点で堕落してると。人に売る為に絵を描くんじゃないと。展覧会に出す為に絵を描くんじゃないと。」 村上龍「どんな画家が好きだったんですか?」 孫正義「僕はあのーゴッホとかね。有名に成る前のゴッホ」 村上龍「ゴッホはだって貧乏な内に死んだんですよね」 孫正義「だからゴッホの様な生き様が一番尊敬できる生き様だと。要するに画家ならね」[39]
  3. ^ 安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫。
  4. ^ 民団新聞に広告が掲載されたソフトバンク携帯電話の在日本大韓民国民団団員のみを対象とした格安割引プランを指す俗称。インターネット上にこの広告部分を含んだキャプチャ画像が出回り、一部のインターネットユーザーが問題視した。
  5. ^ 孫正義本人によると、朝鮮固有の本貫の孫氏とは異なり、約1000年前に中国南朝のから戦乱を避け高麗帰化した一族の末裔とのことである[46]

出典[編集]

  1. ^ 『孫正義社長、今度は太陽光発電所建設を計画』 2011年5月23日 中央日報
  2. ^ 『【時代のリーダー】孫 正義・ソフトバンク社長』(1/4) 2009年4月20日 日経ビジネス
  3. ^ 『<創刊企画>日本IT界の神話、孫正義「志高く」(1)』 2011年9月15日 中央日報
  4. ^ 『Masayoshi Son』 2011年11月 フォーブス (英語)
  5. ^ [1][リンク切れ]
  6. ^ 『<創刊企画>日本IT界の神話、孫正義「志高く」(2)』 2011年9月15日 中央日報
  7. ^ a b c d e f g h 佐野眞一 2012.
  8. ^ 2011/02/11日号 佐野眞一(ノンフィクション作家)あんぽん 孫正義伝(5)
  9. ^ 朝日新聞 平成24年8月27日 新市場を育てて5
  10. ^ 東日本大震災復興支援財団 (2011年7月14日). “孫 正義氏からの寄付のお知らせ”. http://minnade-ganbaro.jp/info/info_20110714_01.html 2011年8月17日閲覧。 
  11. ^ “「生まれてきた使命を果たす」ソフトバンク・孫正義氏"自然エネルギー財団"設立”. BLOGOS. (2011年4月25日). http://blogos.com/article/23642/ 2015年3月3日閲覧。 
  12. ^ 島田セレーナ (2011年4月21日). “ソフトバンクの孫社長、脱・原発のため「自然エネルギー財団」を設立へ”. International Business Times. http://jp.ibtimes.com/articles/17843/20110420/506367.htm 2011年4月21日閲覧。 
  13. ^ 島田セレーナ. “ソフトバンク孫社長、100億円の寄付先が決まる-東日本大震災”. International Business Times. http://jp.ibtimes.com/articles/18631/20110516/206991.htm 2011年5月17日閲覧。 
  14. ^ ソフトバンクモバイル株式会社 役員一覧
  15. ^ テレビ東京日経スペシャル カンブリア宮殿」2010年7月12日放送内容より
  16. ^ a b 佐野眞一. 週刊ポスト2011/03/04日号「〈短期集中連載〉あんぽん 孫正義伝(8)」. 小学館. http://www.zassi.net/mag_index.php?id=51&issue=29084. [要ページ番号]
  17. ^ http://www.ipdl.inpit.go.jp/homepg.ipdl 特許電子図書館(IPDL) - 「特許・実用新案検索」の「公報テキスト検索」にて「特許公報 (公告、特許)」の「発明者」として「孫 正義」を AND検索
  18. ^ 大下英治 1999.
  19. ^ a b c 佐野眞一 2012, p. 162-163.
  20. ^ NEWS ポストセブン 2012/1/4 孫正義氏「安本」ではなく「孫」を名乗った時親戚は反対した
  21. ^ NEWS ポストセブン 2012/1/4 孫正義氏「安本」ではなく「孫」を名乗った時親戚は反対したより引用
  22. ^ 産経新聞 (2011年4月3日). “ソフトバンクの孫正義氏が100億円寄付 震災孤児ら支援”. オリジナル2011年4月6日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110406124353/http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110403/biz11040322470005-n1.htm 2011年8月17日閲覧。 
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参考文献[編集]

外部リンク[編集]