宝泉院

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宝泉院
宝泉院 01.JPG
五葉の松
所在地 京都府京都市左京区大原勝林院町187
位置 北緯35度7分16.85秒
東経135度50分2.42秒
宗派 天台宗
寺格 勝林院僧坊
本尊 阿弥陀如来
創建年 1012年長和2年)
法人番号 5130005001918
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宝泉院(ほうせんいん)は、京都府京都市左京区大原勝林院町にある天台宗の寺院。山号は魚山、本尊を阿弥陀如来とし、実光院とともに大原寺勝林院の僧坊の一つである[1]。天台宗の三門跡寺院の1つである三千院参道奥にある。

歴史[編集]

大原寺勝林院の僧坊の一つとして、長和2年(1013年)に創建されたものである。[2]

元々は宝泉院や実光院以外にも理覚院・普賢院など勝林院の僧坊があった。しかし、1919年大正8年)に大原陵(後鳥羽天皇順徳天皇)を整備するために宮内省の命令で理覚院・普賢院は実光院に統合され、実光院は両院があった地に移転した。

境内[編集]

建物[編集]

書院文亀2年(1502年)の再建。廊下は慶長5年(1600年)、伏見城で自刃した徳川家康の家臣鳥居元忠らを供養するため板間を天井に使用した血天井とよばれる[3]。この「血天井」は、関ヶ原の戦い前哨戦となった伏見城の戦いの際に徳川氏家臣鳥居元忠以下数百名が自刃した伏見城の床板であり、そのを供養するため天井板としているものである。

客殿の手水鉢に作られた水琴窟は、サヌカイトを使用しており、二連式の珍しい構造をもつ。理智不二の名があり、密教の教理を音色で伝えるものとされる。[4]

庭園[編集]

盤桓園(ばんかんえん)、鶴亀庭園、宝楽園(ほうらくえん)という3つの庭園を有する。盤桓園は「立ち去りがたい」という意味を持ち、書院の柱や鴨居を額に見立てて鑑賞することから、「額縁庭園」という名でも親しまれている[5]。樹齢約700年の「五葉の松」は京都市天然記念物であり、三上山(近江富士)を象ったとされている[5]高浜虚子はこの松を「大原や 無住の寺の 五葉の松」と詠んだ[6]。拝観客は、盤桓園・五葉の松の見える座敷に通され、境内入口で渡されたお抹茶券と交換に一服の抹茶と茶菓子を供される。

玄関の左側には江戸時代中期に作られた鶴亀庭園があり、池と蓬莱山を象った亀石が配置されている[5]。鶴亀庭園には樹齢300年の沙羅双樹が植わっている[5]

2005年平成17年)3月には枯山水庭園の宝楽園が完成した。庭園作家の園冶(えんや)が造園し、山形県長野県などから約300トンの石を運んでいる[7]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 勝林院一千年紀実行委員会『勝林院開創一千年紀 千年響流』勝林院一千年紀実行委員会、2013年、pp.18-19
  2. ^ 『京都・山城寺院神社大事典』平凡社1997年 p374
  3. ^ 『昭和京都名所図会』
  4. ^ 勝林院一千年紀実行委員会『勝林院開創一千年紀 千年響流』勝林院一千年紀実行委員会、2013年、pp.18-19
  5. ^ a b c d 勝林院一千年紀実行委員会『勝林院開創一千年紀 千年響流』勝林院一千年紀実行委員会、2013年、pp.18-19
  6. ^ 五葉の松 宝泉院公式サイト
  7. ^ 「宝泉院: 「宝楽園」完成 海感じる枯山水」毎日新聞、2005年3月15日

関連項目[編集]

外部サイト[編集]

宝泉院.net