太一

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太一(たいいつ、拼音: tàiyī)とは古代中国における宇宙の根元を表す哲学概念、またはの中心に位置する星官(星座)、またはその神格大一泰一太乙とも書く。

『荘子』での記述[編集]

太は至高を、一は唯一・根元を表す語であり、『荘子』天下篇に戦国時代諸子百家のうち道家が軽んじたものとして登場する。また『呂氏春秋』大楽篇ではのこととし、道は形がなく、名づけることもできないが、強いて名づけるなら「太一」であるとし、太一から始まって太一、両儀、陰陽、万物という宇宙生成論を唱えた。また1993年郭店楚墓から出土した竹簡太一生水』に太一から始まる太一、水、天、地、神明、陰陽四時、倉熱、湿燥、歳という生成論が見られる。

『淮南子』での記述[編集]

漢代の『淮南子』天文訓において「紫宮は太一の居」としたり、『史記』天官書において「中宮天極星、其の一に明るきは太一の常居」とされるように、天上世界における宮殿である紫微宮のなかに位置する星として認識されるようにもなっていた。また『史記』封禅書では謬忌なるものが漢の武帝に太一を祀ることを進言しており、そこでは太一を天神の尊きものとし、太一の補佐を五帝としている。武帝はこの進言を入れ、太一壇を設けて天一・地一・太一の3神を祀っている。
中国古書『荊州占』では、「黄竜は太一の妻」とある。 以後、太一は天の中心に位置する北極神と解され、天皇大帝昊天上帝といった至高神と同定されることもあった。後漢鄭玄は『』の注釈において太一を北辰(北極)の神とするとともに八卦に配当された9つの宮殿(九宮)を順次めぐってゆく「太一九宮の法」を記した。宋代には太一・摂提・軒轅・招揺・天符・青竜・咸池・太陰・天一の9神が支配する9つの宮殿とし(九宮貴神)、太一神が九宮を巡行としてそれにもとづき禍福を占ったり、九宮貴神壇を設けて祭祀を行ったりした。         

発展[編集]

太一は以下のものを指す。どれも同一視されることが多い。

  1. 太極(たいち)
  2. 北極星
  3. 大日如来
  4. 天照大神

関連項目[編集]

外部リンク[編集]