国民公園

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国民公園(こくみんこうえん)とは、環境省が管理する公園の一つ。国が設置・管理する公園で、都市公園自然公園以外のものを指す。昭和22年12月の閣議決定(旧皇室苑地の運営に関する件)に基づき、旧皇室苑地である皇居外苑・新宿御苑・京都御苑の3箇所が国民公園とされ、これと無名戦没者の遺骨が納められている千鳥ヶ淵戦没者墓苑戦後強制抑留及び引揚死没者慰霊碑苑地を合わせて国民公園等という。維持及び管理は、環境省自然環境局に置かれる国民公園管理事務所(皇居外苑・京都御苑・新宿御苑)及び千鳥ケ淵戦没者墓苑管理事務所が行う。

こうした公園は国が都市の緑地を所有し、直轄でその整備、管理を行うという米国型の都市の公園として制定するが、本来ならば内務省解体の3日後の昭和22年12月26日に誕生した建設院(後建設省、現国土交通省)の所管であったので、片山総理の指示はGHQの意向によるものであったとされている。この総理直々の指示に対し、厚生省内部では運営の体制が不備という理由で、旧皇室苑地を所管することには消極的意見が多かったが、当時の国立公園係長であった石神甲子郎 (後、国立公園部計画課長)は積極論を唱え、建設院との調整に奔走して片山総理の指示どおり、厚生省において旧皇室苑地を所管する道筋をつけた。[要出典]

その結果、12月23日の総理の指示から僅か4日後の12月27日に旧皇室苑地の運営に関する件」が閣議決定され、この中に「旧皇室苑地は『国民公園』として国が直接管理する」と記されたほか、同日、「閣議了解事項」として、厚生省が国立公園に準ずる取り扱いをすることになったのである。このような所管行政の仕分けは従来と大きく異なるものであり、事実、これ以降、都市公園類似の緑地を厚生省が所管することはなかったので、GHQの監督下という特殊事情によるものであることが明白である。[要出典]

なお、これに関しては旧国立公園協会の機関誌「国立公園」(現在は(一財)自然公園財団が発行)に掲載されている石神の記事があり、これにはGHQの国立公園などの行政の責任者となったワルターポパム大尉が元米国国立公園局の造園技師であったため、六年間余にわたって絶大な支援を得たということが記されているほか、当時の内部資料の「旧皇室苑地公開の経緯」にはポパム大尉はGHQの進駐直後に石神を呼び出して、国立公園行政などについての情報収集を行ったとあり、このことが国民公園の誕生などに大きく影響したと考えられている。[要出典]

脚注[編集]

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  1. ^ 昭和44年度より。

外部リンク[編集]