吉窪城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
logo
吉窪城
長野県
城郭構造 山城
築城主 小田切氏
主な城主 小田切幸長
廃城年 1557年
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 なし
位置 北緯36度37分30.7秒
東経138度07分22.1秒
地図
吉窪城の位置(長野県内)
吉窪城
吉窪城

吉窪城(よしくぼじょう)は、長野県長野市にあった日本の城

概要[編集]

村上氏の支族・小田切幸長の居城であった。 犀川沿いにあり、大町方面と、善光寺、川中島を結ぶ要衝にあった。 弘治3年(1557年)、武田信玄は、葛山城を攻略した。 吉窪城主小田切幸長は葛山城主落合治吉と共に葛山城に籠城し、吉窪城は子の民部少輔が守った。しかし、葛山城の落城と共に吉窪城も落城した。

関連項目[編集]