亀谷了

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亀谷 了(かめがい さとる、1909年7月12日- 2002年7月24日)は、日本生物学者医師医学博士長崎医科大学論文博士・1940年)。寄生虫学の世界的権威として知られた。岐阜県出身。紫綬褒章勲三等瑞宝章受章。

略歴[編集]

山口高等学校を経て長崎医科大学卒業。1939年、満鉄入社。1940年、医学博士(長崎医科大学)の学位を取得。「生体内の銅について特に其系統発生学的、個体発生学的並性別的差異 」。1943年、満州国立厚生研究所留学。1945年、奉天衛生試験所勤務。1947年に帰国、日本生物科学研究所入所。1948年、目黒に内科小児科診療所を開設。1953年、私財を投じて寄生虫専門の研究機関「目黒寄生虫館」を設立した。1976年紫綬褒章受章。1987年叙勲三等瑞宝章。1997年10月1日目黒区名誉区民。2002年7月24日午前3時49分、脳梗塞のため東京都渋谷区内の病院で死去、93歳。

著書[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]


外部リンク[編集]