三浦美幸

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三浦 美幸(みうら みゆき、男性、1949年10月21日 - )は日本空手家で、国際空手道三浦道場師範1972年国際空手道連盟 極真会館主催による、第4回オープントーナメント全日本空手道選手権大会チャンピオンに輝いた。千葉県木更津市市出身。段位は八段。

来歴[編集]

船舶技師の息子として生まれる。兄弟は弟と妹。中学生で松濤館流空手道を始め、18歳の誕生日に黒帯弐段を取得する。若年時には柔道も経験し、17歳のときに初段も取得している。

1968年城西大学入学後、添野義二が設立した極真会館傘下の空手道部に第三期生として入部し、再び白帯から始める。部の先輩には一期生の添野の他に、二期生の高木薫らがおり、同期には“幻の強豪”と称された吉岡幸男、後輩には六期生の花澤明がいる。

大学2年生の1969年に第1回オープントーナメント全日本空手道選手権大会に初出場後、第4回全日本選手権まで連続出場した。在学中は部内で稽古する他に極真会館本部道場にも出稽古に行き、山崎照朝の指導を受け[1]、復帰してきた大山泰彦からも教わった。当時の城西大学空手道部の夏合宿は、四国支部長の芦原英幸のもとで行われていたのでそこでも学んでいた[2]1970年昭和45年)6月22日に吉岡と共に極真カラテの黒帯初段)を允許された[3]

1971年に部の主将に就いた。同年の添野道場主催の極真カラテ埼玉選手権大会に出場し、決勝で吉岡と対戦[4][5]。吉岡の上段への蹴りとクリンチからの膝蹴りがポイントなり、三浦は判定負けした[5]。同年の第3回全日本選手権では、Aブロック決勝で大山に敗れたが、4位に入賞した。

1972年に大学を卒業後、本部道場の職員になる。当時は師範代の泰彦・郷田勇三・山崎ら先輩の他には、後輩の佐藤勝昭岸信行磯部清次大石代悟東谷巧[注釈 1]東孝らがいた。同年10月22日に行われた第4回全日本選手権ではハワード・コリンズ佐藤俊和[注釈 2]らを破り、23歳で優勝を成し遂げた。

1973年4月13日百人組手に挑戦し、完遂した。禁足[注釈 3]が解かれたばかりの盧山初雄[6]・添野・勝昭・大石・東谷・コリンズ他、茶帯などが対戦相手となった。同年大山倍達よりシカゴ支部長に任命され、渡米。現地で指導に勤しむ。主な弟子にはギャリー・クルゼビッツ[注釈 4]がいる。

1984年には大山茂、泰彦らと共に極真会館を離脱し、国際大山空手道連盟の設立に参加した。2001年からは、独立して国際空手道三浦道場を発足させる。

2007年より年に数回来日をして国際武道空手連合としての活動を始める。活動の主な内容は講習会、大会の開催など。

エピソード[編集]

映画地上最強の空手2」(三協映画)で、三浦のアメリカでの指導や組手を観ることができる。

2010年10月20日に、株式会社クエストよりDVD「三浦美幸 空手基本の提言」を発売。日本での活動を見ることができる。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 第1回全世界選手権10位。
  2. ^ 極真会館秋田支部所属で、第3回全日本空手道選手権に初出場。第4・5回全日本選手権は共に3位、第6回全日本選手権5位、第1回全世界選手権5位とそれぞれ入賞し、第8回全日本選手権で念願の初優勝を遂げた。正拳突き前蹴り・回し蹴りを得意とし、その戦いぶりから闘将と呼ばれた。第2回全世界選手権に推薦枠で出場。5回戦でウィリー・ウィリアムスと対戦し、延長戦でウィリーの正拳突きと下突きの連打で一本負けをし、引退。現在は新極真会の秋田本庄道場の師範である。
  3. ^ 道場の稽古、出入りを禁止されること。破門よりは軽い処分。
  4. ^ 第2回世界選手権出場、第3回世界選手権ベスト16。

出典[編集]

  1. ^ 「昭和の極真特攻隊 - 城西大学空手道部とは 第二部パート1 吉岡幸男氏インタビュー」、『月刊フルコンタクトKARATE』第239巻第322号、福昌堂、2007年1月、 42頁。
  2. ^ 「昭和の極真特攻隊 - 城西大学空手道部とは 第二部パート1 吉岡幸男氏インタビュー」、『月刊フルコンタクトKARATE』第239巻第322号、福昌堂、2007年1月、 43頁。
  3. ^ 国際空手道連盟 極真会館 - 年度別昇段登録簿 (国内)」『極真カラテ総鑑』 株式会社I.K.O. 出版事務局(原著2001年4月20日)、初版、62頁(日本語)。ISBN 4816412506
  4. ^ 「昭和の極真特攻隊 - 城西大学空手道部とは 第二部パート1 吉岡幸男氏インタビュー」、『月刊フルコンタクトKARATE』第239巻第322号、福昌堂、2007年1月、 44頁。
  5. ^ a b 「城西時代の思い出 - 三浦美幸師範との試合」、『月刊フルコンタクトKARATE』第239巻第322号、福昌堂、2007年1月、 49頁。
  6. ^ 高木薫 『わが師大山倍達』 徳間書店1990年、169頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]