三津寺

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三津寺
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本堂
所在地 大阪府大阪市中央区心斎橋筋2丁目7-12
位置 北緯34度40分14.2秒 東経135度30分4.5秒 / 北緯34.670611度 東経135.501250度 / 34.670611; 135.501250
山号 七宝山
院号 大福院
宗派 真言宗御室派
寺格 準別格本山
本尊 十一面観音菩薩
創建年 伝・天平16年(744年
開山 行基
正式名 七宝山大福院三津寺
七寶山大福院三津寺
別称 みってらさん
ミナミの観音さん
札所等 摂津国八十八箇所第2番
大坂三十三観音霊場第30番
公式HP 七宝山大福院 三津寺
法人番号 5120005001670 ウィキデータを編集
三津寺の位置(大阪市内)
三津寺
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三津寺(みつてら)は、大阪市中央区心斎橋筋にある真言宗御室派準別格本山寺院山号は七宝山。本尊十一面観音菩薩御堂筋に面しており、地元では「みってらさん」「ミナミの観音さん」の通称で親しまれている。

歴史[編集]

応神天皇を葬り奉ったという墓所に、行基を植えたのをそもそもの始まりとし、天平16年(744年)に聖武天皇の勅命により行基が御堂を建立して開創したとする。七宝山という山号は、小松宮が寺を訪問された際に下賜されたものであるという。また、院号の大福院は、行基四十九院の一つである大福院を指し、当寺院の前身であるともいう。

寺院名は三津(御津)という地名に由来し、中世に荘園が成立する頃には寺院名に由来する三津寺荘という地名になり、逆転現象が起きている。大坂の陣以前まで三津寺村だったが、以後島之内の開発により大坂三郷に入った。江戸時代から1989年平成元年)2月まで、当寺院南側の三津寺筋に沿って「三津寺町」の町名があったが現在はない。ただし、御堂筋との交差点名にその名が使用されている。

寺は文禄年間(1592年 - 1596年)に賢愚が中興するが、寛政3年(1791年)に焼失した。その後、文化5年(1808年)に本堂が再建されている。

1914年大正3年)には、1912年明治45年)に焼失した末寺の松林庵とその墓地を合併している。

1933年昭和8年)、御堂筋の拡張工事により境内の4割を失う。その際、庫裏を新たに鉄筋コンクリート造の3階建てとして再建している。

太平洋戦争中の1945年(昭和20年)3月13日・14日に行われた第1回大阪大空襲では、三津寺の周囲は焼夷弾で焼かれて大火災になっているのにも関わらず、三津寺には直撃弾もなく、また類焼もなく、からくも被害を免れた。本堂の西に鉄筋コンクリート造の庫裏があり、その西に幅の広い御堂筋があったのが良かったと思われる。

2022年令和4年)現在、本堂以外は改築中である。

境内[編集]

文化財[編集]

大阪市指定有形文化財[編集]

  • 三津寺仏像群

前後の札所[編集]

摂津国八十八箇所
1 法案寺 - 2 三津寺 - 3 和光寺
大坂三十三観音霊場
29 大蓮寺 - 30 三津寺 - 31 大福院

交通[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]