リンダ・クリード

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リンダ・クリードLinda Diane Creed、結婚後はリンダ・エプスタインLinda Epstein1948年12月6日 - 1986年4月10日)はアメリカ作詞家シンガーソングライター

作曲家でプロデューサーのトム・ベルとチームを組み1970年代に最も成功したフィラデルフィア・ソウルのグループの曲を作った。

概要[編集]

フィラデルフィア市に生まれ、同市のMount Airy地区で育った。1970年ダスティ・スプリングフィールドが、彼女の歌"Free Girl"を録音し、業界に入った。

同年、ギャンブル&ハフの会社フィラデルフィア・インターナショナルのトム・ベルと組み、『ストップ、ルック、リッスン』を書き、スタイリスティックスがポップでトップ40にした。その後も『ユー・アー・エヴリシング』、『ゴーリー・ワウ』、 "Break Up to Make Up","You Make Me Feel Brand New"などが歴史的成功を収める。

二人はスピナーズの"Ghetto Child", "I'm Coming Home", "Living a Little, Laughing a Little","The Rubberband Man"なども書いてヒットした。彼女は同郷の女性歌手フィリス・ハイマン英語版とも多く共作し、"Old Friend"が有名。

経歴[編集]

1974年、26歳のときに乳がんと診断され音楽活動を続け作曲家マイケル・マッサーと"Greatest Love of All"を書き、1977年モハメド・アリの伝記映画『アリ/ザ・グレーテスト』の主題歌(歌唱:ジョージ・ベンソン)となった。

1986年春、ホイットニー・ヒューストンがデビューアルバムで同曲をカバーし複数のチャートでトップになった。ヒューストンは、歌手である母親シシー・ヒューストンから、同曲が「歌うのが最も難しい曲」であり、「これが歌えたら一人前」と応援されていた。

1986年4月10日死去。37歳。ヒューストンのカバー・バージョンが一位になる数週間前であった。

1987年、遺族や友人たちが「リンダ・クリード乳がん基金」(Linda Creed Breast Cancer Foundation)を設立した。

1992年にソングライターの殿堂入り。

代表曲[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]