メキシコ合衆国 (19世紀)

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メキシコ合衆国
Estados Unidos Mexicanos
メキシコ第一帝政
メキシコ臨時政府 (1823年 - 1824年)
メキシコ共和国
バハ・カリフォルニア共和国
ソノラ共和国
1824年 - 1835年
1846年-1864年
メキシコ共和国
メキシコ第二帝政
メキシコの国旗 メキシコの国章
国旗 国章
メキシコの位置
1824年頃のメキシコ合衆国の範囲
公用語 スペイン語
首都 メキシコシティ
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
面積
1824年 4,500,000km²
1852年 2,049,395km²
1857年 1,972,550km²
人口
1824年 6,500,000人
1834年 7,734,292人
1852年 7,661,919人
1857年 8,287,413人
1864年 8,629,982人
変遷
新憲法採択 1824年10月4日
中央集権共和国に 1835年10月23日
憲法復活 1846年8月22日
帝政復活 1864年4月10日

メキシコ合衆国(メキシコがっしゅうこく、スペイン語: Estados Unidos Mexicanos)は、メキシコ第一帝政の後、臨時政府を挟んで成立したメキシコ初の連邦共和制の国家である。

歴史[編集]

ヌエバ・エスパーニャ
メキシコ第一帝政
メキシコ合衆国の形成

1824年10月4日に新憲法が採択され、連邦共和制のメキシコ合衆国が成立した。メキシコ第一帝政が崩壊して約2年後となる。 憲法採択後、様々な州に国土は分けられた。政治も変わり、議会などが出来るなど帝政から共和制に移った時期でもある。

メキシコ共和国への移行と相次ぐ独立

1835年10月23日にこの憲法が廃止され、連邦共和制から単一共和制のメキシコ共和国となったものの、反乱や独立が相次いだ。

メキシコ合衆国の復活

1846年8月22日に憲法が復活し、また合衆国となった。 その後1848年米墨戦争に負けてメキシコ割譲により、メキシコは国土の1/3 を失った。 さらにアメリカガズデン購入により、メキシコはさらに領土を失った。 1861年にはフランス第二帝国ナポレオン3世メキシコ出兵を開始。 1863年にはメキシコシティが失陥、一時崩壊した。

メキシコ第二帝政

1864年にフランスの傀儡政権である第二次メキシコ帝国が建国された。

メキシコ合衆国

1867年に再びメキシコ合衆国が復活し、現在に至る。