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ミロシュ・ゼマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミロシュ・ゼマン
Miloš Zeman


任期 2013年3月7日 2023年3月8日
首相 イジー・ルスノク(2013年7月10日 - 2014年1月29日)
ボフスラフ・ソボトカ(2014年1月29日 - 2017年12月13日)
アンドレイ・バビシュ(2017年12月13日 - 2021年12月17日)
ペトル・フィアラ(2021年12月17日 - )

 チェコ
第3代 首相
任期 1998年7月17日 2002年7月12日
大統領 ヴァーツラフ・ハヴェル

任期 1996年6月27日 1998年7月17日

出生 (1944-09-28) 1944年9月28日(81歳)
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国
ベーメン・メーレン保護領中央ボヘミア州コリーン
政党 チェコスロバキア共産党→)
無所属→)
市民フォーラム→)
チェコ社会民主党→)
(無所属→)
市民権党英語版
宗教 無宗教
署名

ミロシュ・ゼマンMiloš Zeman1944年9月28日 - )は、チェコ共和国政治家。第3代大統領(2013年 - 2023年)。首相(1998年 - 2002年)、下院議長(1996年 - 1998年)、チェコ社会民主党(CSSD)党首(1993年 - 2001年)を歴任。2007年、イジー・パロウベク執行部と対立し、CSSDを離党し、2009年に新政党市民権党英語版を設立した。

経歴

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中央ボヘミア州コリーン生まれ。プラハ経済大学卒業。1968年の「プラハの春」の最中、チェコスロバキア共産党に入党するが、ソ連による軍事介入に反対したため、1970年に除名される。1989年、市民フォーラムの指導者の一人としてビロード革命に参加した。その後、社会民主党(CSSD)の党首となり、下院議長や首相を務めた。2003年の大統領選挙に立候補を表明し、社民党内で多数の支持を得たが、ヴラジミール・シュピドラ率いる党執行部に批判的な姿勢のため、党内対立を招き立候補を辞退した。最終的に、前法相のヤロスラフ・ブレシュが社民党の大統領候補に指名された。その後も執行部との対立関係が続き、2007年に離党し「市民権党」を設立した。

2013年の大統領選挙に再び立候補し、当選した。2018年に再選[1]

いくつかの病気を抱えており、2021年10月8-9日に執行された下院選挙では医師の進言に従ってプラハ市内の学校でなく別邸で投票を行った。その選挙で与党ANO 2011は予想外に伸び悩み、アンドレイ・バビシュ首相と会談した直後に病院に入院。集中治療室に収容され、病気の合併症が原因と担当医師より公式発表された[2]。11月25日には退院しようとしたが、新型コロナウイルス感染症の感染が確認された為さらに2日間入院は延長された[3]

2022年10月19日、2期目の任期を終える2023年3月をもって政界から引退することを表明した[4]

脚注

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  1. “Czech President Zeman re-elected with anti-immigration message”. ロイター. 2018年1月27日. 2018年1月29日閲覧.
  2. “チェコ大統領が入院、集中治療室に入る 総選挙の結果受け首相と会談後”. CNN.co.jp. CNN. 2021年10月11日. 2021年10月11日閲覧.
  3. Czech President Zeman returns to hospital after positive COVID test”. Reuters. 2021年11月25日閲覧。
  4. Czech president announces retreat from politics”. expats.cz (2022年10月19日). 2023年1月16日閲覧。

外部リンク

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公職
先代
ヴァーツラフ・クラウス
チェコの旗 チェコ共和国大統領
第3代:2013年 - 2023年
次代
ペトル・パヴェル
先代
ヨゼフ・トショフスキー
チェコの旗 チェコ共和国首相
第3代:1998年 - 2002年
次代
ウラジミール・シュピドラ
党職
先代
イジー・ホラーク
チェコ社会民主党党首
1993–2001
次代
ヴラジミール・シュピドラ